手繰った糸の先Ⅷ
――――二日後の昼。
護衛部隊の準備が整うまで、各々の要求した褒美を手にして喜ぶ中、ユーキは転移魔法のことばかりを考えていた。
アイリスたちに着いて行って公爵家所蔵の魔法理論の本なども読み漁ってみたが、流石に時間がなく、十数冊を読むだけで、その全てを覗くことはできなかった。
「ユーキ、あの内容の本を理解できるだけ、スゴイ」
伯爵家で本を読む暇だけはたくさんあったので、基礎理論についてはある程度固まっていたのが功を奏した。それでもアイリスからすれば、十分異常な部類に入るらしい。
成績の良し悪しは別にしても教員になるために大学に通って、試験を受けていたのだ。学ぶ内容の差はあれども、論理的に書かれている点は同じである。尤も、そんなことは口が裂けても言えないので、ユーキは苦笑いで誤魔化した。
「アイリスはなんか面白い本でも見つけたか?」
「うん。これとか、私向き」
アイリスが見せた表紙には、「魔力制御による物質操作と魔法陣」と書かれていた。タイトルの時点で何をしようとしているかは一目瞭然だが、アイリスだけでなくマリーやサクラが魔法陣を使っているところをユーキは見たことがなかった。
「魔法陣の本格的な授業は来年からだったかな……。ほら、ユーキさんも生徒会の人たちに提示された試験の中で円を描く問題があったでしょ? あれを色々な記号や言葉を書き込んで魔法の効果を強めるんだよ」
「……マリーの母さんとか魔法陣使ってないんだよな。使ったらどんなことになるんだろう」
「あはは、多分、対魔法用の防御や結界が無かったら消し飛んじゃうんじゃないかな? バジリスクみたいに」
上品な高笑いを響かせながら、山の一つや二つを簡単に吹き飛ばす「紅」の名を持つビクトリアの姿が浮かび上がる。世の中には喧嘩を売ってはいけない相手がいると強く心に刻んだ瞬間であった。
「それで、サクラの方は?」
「私はね。これを読んでたの」
「『精神魔法・忘却の彼方と久遠の眠り』か?」
どうも聞き慣れないが、タイトルから察するに記憶消去や催眠系統の魔法であると推測はできた。サクラは何ページか捲りながら、探していたページを指で指し示す。
「ほら、ここにある通り、記憶喪失を治す魔法もあるみたい。私の腕じゃ無理だけど、熟練の魔法使いならできるんだって!」
「……ちなみに失敗すると?」
その先を読み進めたユーキの言葉にサクラは目線を逸らす。
「他の記憶が無くなることも……」
「却下で」
「そんなぁ……せっかく探したのに」
しょんぼりしながらサクラは本を元の場所へと戻す。少し自分の背より高い場所だったので、背伸びしながら呻いていた。
「……逆にどうやって本を抜いたんだ?」
アイリスに肩車して取ってもらったのだろうか、と不思議に思いながら、後ろから本の背表紙にそっと手を添える。確かに本を探してる時、二人がやたら声を掛け合っていたことを思い出した。
「俺が入れとくよ」
「あ、ありがとう」
さっと入れて、ユーキも自分の呼んだ本を片付けるために振り返ると、アイリスがいつの間にか片付けていた。
「こっちは、オッケー」
「助かったよ。それじゃ二人とも、そろそろ行こうか。多分、みんな荷物をまとめ始めてる頃だ」
既にユーキたちは荷物を早めにまとめて積み込んである。つまり出発を待つだけの状態だ。本来ならサクラたちはクレアやマリーと仲良く準備をしようと思っていたのだが、公爵に呼ばれて行ってしまったため時間が余っていたのだ。
滞在した時間はそこまで短くなかったが、やはり女郎蜘蛛に襲われたことで気楽に街を見て回ることもできなかったのは少しばかり残念である。そう思いながらも三人はこの地を後にするため、馬車の用意されている中庭に向かった。
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