消える影Ⅳ
前方に進んでいた片割れから、前進するように指示が出る。アンディたちは互いに頷いてゆっくり進むと、先の二人は両側に退いて道を空けた。そこには白髪混じりの長髪の老人が酒瓶片手に蹲っている。
「―――スラムの者ですか。酔っているだけならばよいですが……」
そう言ってアンディは倒れている老人の肩を優しく揺すった。
「ご老人。まだ、寒い時期ではありませんが、こんなところにいては風邪をひいてしまいますよ」
「……ぁー?」
「大丈夫ですか―――ってダメですね。完全に酔っています」
一分ほど声をかけることを繰り返したが、呂律のまわらない答えしか返ってこない。アンディはため息をついて、隣の騎士二名に指示を出した。
「第四分隊へ連絡を。泥酔した民間人を保護したため、そちらには行けない。以上」
「了解。第四分隊へ連絡をして……」
「どうした?」
突然、黙った騎士にアンディが声をかける。一瞬の間があった後に、騎士は口を開いた。若干、声が震えて顔も青ざめている。
「先ほどまで、第四分隊と連絡しながら進んでいたならば、我々が次の路地を抜けたところで出会わないことに気付いて、引き返して来ていてもおかしくないと思います」
「確かに、先ほどからわずかとはいえ時間が経っています。様子を見に来てもおかしくないですね」
アンディたちは次に第四分隊の姿が見えるであろう通路に目を向けた。そこの建物には松明の光が反射して、仄かにオレンジ色に染まっている。第四分隊がそこまで離れていないことに騎士たちは安心したが、アンディだけは表情が険しくなった。
『(―――お前たち二人はここで待機。他は着いてこい)』
アンディからのハンドシグナルで全員の顔が引き締まる。アンディを先頭に狭い路地を進んでいく。
(先ほどから、光が一定でほとんど動いていない。まさか、あちらが先にやられたか?)
曲がり角に差し掛かると第四分隊がいるはずの路地への視界が通った。遠目ではあるが、そこには何名かの倒れている騎士の姿が目に入った。すぐにでも駆け付けたい気持ちを抑えて、アンディは壁を背にジリジリと近づいて、一方の通りの様子を見る。
(こちらには何もなし、とすると……)
アンディは真正面の騎士に目線を送ると、首を横に振って合図してきた。
(敵影なし。慎重に進んで救助開始ですか)
騎士たちに合図を飛ばして、アンディは横たわった第四分隊の騎士を助け起こす。うつ伏せに倒れていた騎士を仰向けにすると、分隊長である中年騎士だった。息はしているものの酷く顔が青白くなっていることがわかった。
「どうしました。何があったんですか?」
「黒い影が……急に現れて、空から……一瞬でやられちまった。みんなは……?」
話すのもやっとといった感じで、騎士は一言ずつ言葉を紡ぐ。時折、辛そうに浅い呼吸を繰り返すが本人はアンディの腕をしっかり掴んで大丈夫だ、と訴えている。
「今から他の騎士の確認もします。あなたはゆっくり――――!?」
――――休んでいてください。
そう告げようとしたアンディは、中年騎士が目を見開いたことに気付いた。アンディが後ろを振り返ろうとした瞬間、掴まれていた腕が引っ張られ、地面に引きずり倒される。
「――――一体、何を!?」
驚いて抗議の声を上げるが、自分の横の光景に気付いて息をのんだ。黒いボロボロのローブ姿の人間が、中年騎士の左肩を素手で貫いていた。
かろうじて中年騎士はとっさに剣で攻撃を心臓を貫くコースから逸らしていた。もし引き倒されていなかったら、アンディの心臓を貫いていたかもしれない。そのあり得たかもしれない未来に、アンディはゾッとする。しかし、その気持ちも一秒足らずで切り替えた。幸い、敵は中年騎士にマウントをとったまま動いていない。いや、動けない。
「やれ! 長くは持たん!」
痛みをこらえて悲鳴を上げるでもなく、中年騎士は仲間へ合図を送る。残った右腕で相手のローブにつかみかかった。ここまでの動作をできたのは、彼が長年鍛錬を積んできたからだろう。それ故に、アンディたちもすぐに剣を構えた。
この場にいる騎士は六人。その内三人がアンディたちがいる側に、残りが自分たちが歩いてきた路地側にいる。アンディはその場で構え、残りの二人は敵の前後に周り退路を塞いだ。
逆側にいる三人の内二人は、突進してそのまま剣を突き出し、残りの一人は敵の反応に備える。そのままの姿勢でいれば突き刺され、どの方向に逃げても別の攻撃が待っている。右手を中年騎士から引き抜くのが遅れた敵は、間抜けなことに突進してくる騎士二人を目の前に、無防備な上半身を晒してしまった。
――――獲った。
中年騎士は、手を引き抜かれた激痛もあるだろうに一矢報いたことへ笑みを浮かべて相手を睨んでいた。それは、他の騎士も大なり小なり一緒だった。敵の体から剣先が二本突き抜けてきたところで、騎士たちは一瞬だが、気が緩んでしまった。
「「な……に!?」」
最初に異変に気付いたのは突き刺した二人だっただろう。
――――人を刺したにしては、あまりにも呆気なさすぎる。
傍から見ていたアンディが最初に抱いたのは、そんな気持ちだった。
突き刺したうちの一人が剣を横側へ薙ぎ払うと、布を切り裂いたかのようにローブが揺れ動く。異変を感じてアンディが距離を詰め、敵の首辺りを薙ぎ払うが、見えたのは仲間の騎士の顔だった。
黒いローブ片はシャボン玉のようにその場にゆらゆらととどまり続けていたが、数秒すると忽然と姿を消した。それも胴体ごと。
辺りを静寂が包む。
「――――一体、なんだったんだ。今のは?」
騎士の誰かが思わず呟いた声は、朝焼けの空へと消えていった。
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