手繰った糸の先Ⅳ
公爵の頷きでクレアは自分の望みを口にする。
「公爵閣下の特産物は北の山から算出されるミスリル原石が有名だと伺っております」
「……流石に採掘権はやれんぞ?」
片方の眉をピクリと動かして公爵はクレアの反応を観察する。
ミスリル原石の採掘権は公爵にあるが、実質は王家の監督下にある。ライナーガンマ家以外が保有する採掘権も、全てが王族の血に連なる公爵家のみに与えられているのはその為だ。万が一であろうとも、国外への大量流出は国防上容認できない。
「はい。存じております。ただ我々のローレンス領も、帝国と謎の魔物に襲われ城壁を喪失するという事態に見舞われました。今後の安寧を得るためにも、直接購入する御許可を戴ければと……」
「む……」
公爵もここに至ってクレアの言いたいことに気付いたようだ。
ミスリル原石は産出する領地から一度王都へと運ばれ、必要な個所に応じた形へと専属のドワーフたちが成形し、出荷するという形をとる。その為、王都で一度ミスリル原石を買い取った上で販売をする。つまり仲介業者を挟んでの購入が一般的なルートになってしまう。
簡単に言ってしまえば、本来の値段よりも高値になってしまうのだ。だからこそ、公爵から直接買うという形を取れば、残りはドワーフの技術料のみ。仲介業者へは一銅貨も払わなくて良いということになる。
「それはつまり、国王陛下に私が許可を取れということか。しかし、そちらの城壁は特殊な魔法で守られていると耳にしたことがあるが……?」
出荷量は全て王家が把握する。直接の取引は過去に何度か例があるが、いずれも国王の許可がなければ動くことはできない。加えて、今の辺境伯が力を持てば反乱を起こした場合には、鎮圧が難しくなるという点がある。他の貴族が反対の声を挙げる可能性が高い。
「帝国の脅威が増している今であれば、陛下もきっと許可してくださると信じています。ミスリル原石の使用も帝国側の城壁に留めれば反発も少ないでしょう」
「……わかった。確約は出来ぬが、陛下には話を通してみよう」
ローレンス領には帝国から払われる賠償金の何割かが修理費として充てられる。それを用いれば、ミスリル原石の調達も楽になるだろう。
後にマリーが語ったことだが、この時に両親に黙って進めてしまった交渉をどうやって伝えるかの方が気になって胃が痛くなっていたらしい。
「大丈夫。どうせ、あの二人のことだから予備資金はあるし、ここは良い契約を持って来たって言われると思って胸張っておきなさい」
クレアの言葉を信じて、公爵の前では平然を装っているつもりのようだが、目は明らかに落ち着いていない様子だ。
「そちらの騎士団長代理はどうするか?」
「お気遣いなく、と言いたいところですが、先の戦いで武器の消耗が激しいのが実情です。破損した武器の補填をしていただければ助かります」
その言葉にフェイも同意見だと首を縦に振る。この点においては公爵も異論はなく、即座に控えていた執事を呼んだ。
「構わん。すぐに用意させよう。とりあえず、破損の有無は後でいいだろう。人数分の剣と槍を用意してやれ」
「かしこまりました」
執事が出て行ったのを見送って、公爵の視線が次に動く。その先はアイリスに向けられた。
「お主は――――」
「本が、読みたい。学園の図書館にはない本」
「そ、そうか。ならば出発まで書庫の立ち入りを許可しよう。好きなだけ見ると良い」
目の前に料理が並んだ時と同じくらい目を輝かせるアイリス。それを見て拍子抜けしたのか、公爵は一口グラスに口をつけて息をついた。
「お主は見慣れぬ魔法使いであったが、なかなかの水魔法の扱い方だった。何か望む物は?」
「特にありません。ただ、もし頂けるのなら小粒で構いませんので、サファイアをいただけると助かります。魔法の触媒に必要なので」
「良いだろう。私の記憶が正しければ、それくらいのものは倉庫に転がっているはずだ。後で持って行かせるから好きな物を選ぶと良い」
順調に話が進んでいき、和やかな空気が流れ始めていたが、公爵の視線がある一人の所で細められた。そこを見る目には若干ではあるが、殺気が混じっているようにも感じられた。
「フラン――――フラン・パーカー・ド・タウルス」
鋭い視線に射抜かれてフランの肩が竦み上がる。怯えるのも無理はない、目の前にいる公爵は、フランが真祖の吸血鬼であることを知る数少ない人物だからだ。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




