布石Ⅵ
ユーキの魔眼には、もう緑の蠢く光は数えるほどにまで減っていた。
一か八かで結界へと飛び込む個体は例外なく潰れ、一秒でも生き延びようという個体は迫ってくる結界から逃げ惑う。
しかし、それも馬に乗った騎士達の追撃の方が圧倒的に早く、彼らと共に時速数十キロで狭まってくる結界に追いつかれて呑まれていく。もはや消化試合のようなもので、殲滅は確定であろう。敵は既に全てこの街の近辺に展開したということから、この場所以外に生き残っている蜘蛛がいるとは考えにくい。
「さて、あの死骸はこちらで片付けておこう。先程のように動かれても困る」
転がっている女郎蜘蛛の手足を水の球で包み込みながら、公爵はユーキたちを一瞥する。
「ところで、今回の件だが……私の目的に気付いたかね?」
「え? 危険な魔物を駆除することが目的だったんじゃないんですか?」
「それは表向きの理由だ。もちろん、死んだ村人たちへの弔いや復讐という意味もないわけではないが、私にはもう一つ目的があったのだよ」
いつも厳つい顔をしている公爵の顔がほんの少しだけ和らいだ。まるで、久しぶりに帰省した孫を見る様な瞳に、ユーキたちは目をぱちくりさせる。隣にいるオーウェンが同じような表情をしていることから、本当に普段は常にしかめっ面なのだろう。
「……今はわからなくてもよい。いずれ君たちにもわかる時が来る」
幼子に諭すようにゆっくりと口から出た言葉は、ユーキたちに話し掛けているように見えたが、ユーキには何故かそれがオーウェンに向けて説いているように思えた。
それを横目で見た公爵はふっと息を吐くと、元の鋭い眼光と表情に切り替える。
「諸君らのおかげで我が領地の平和は守られた。領主として、また、ここに住む領民に代わって感謝する。ありがとう」
優雅に一礼をした公爵はまっすぐにクレアとマリー、そして、その場にいるユーキたち全員の顔をよく見た後、もう一度口を開いた。
「わずかではあるが、諸君らにも私から褒美を渡したい。今日は疲れているだろうから、明日の食事の時に希望があれば教えて欲しい。少し、考えておいてくれ。……イーサン!」
公爵が声を張り上げると、すぐにイーサンが駆け付ける。
「お呼びですか?」
「残党狩りは我々と外周部の騎士たちで行う。お前は残った騎士たちを使って、城壁の死骸処理に動け。朝までにだ。アイーダ、お前は客人を屋敷まで案内して差し上げなさい。騎士たちはこちらで一段落したら、案内するから気にしないように」
「「わかりました」」
イーサンとアイーダが示し合わせたかのように言うと、お互いに目を見合わせる。
いや、正確にははっきりと話すアイーダにイーサンが驚いた形だ。どうやら、子蜘蛛から解放されたおかげか肩肘張らずに行動できているらしい。
公爵もそれを感じ取ったのか、ほんの一瞬の沈黙の後に改めてアイーダへと声をかける。
「アイーダ。お前もよく頑張った。お前にも特別に褒賞を用意しておく、希望があれば可能な限り応えようと思うから考えておきなさい」
「私に……ですか?」
「あぁ、そうだ。何せ私は、お前に魔物がスパイとして取りついているのをわかった上で放置していたからな」
一同に衝撃が奔る。
顔色一つ変えず公爵はメリッサへと顔を向けた。
「途中で取り除くつもりだったが、彼女が見張りを申し出てくれたおかげで、奴らを引き出すことができた。そればかりでなく、首魁の首を落とすことにもつながった。この戦いの一番の功労者は二人だと言っても過言ではないかもしれん」
そこまで言われてアイーダは、ある晩の二人の会話を思い出した。
――――これは生かしておく価値があるか?
――――いえ、ありません。閣下。ただ使いようによっては有用となることもあります。
――――なら任せよう。くれぐれも失敗の無いようにな。
あの時のこれとはアイーダのことではなく、アイーダに取りついていた子蜘蛛のことだったのだろう。
「アイーダ。呆けている時間はないぞ」
「はい。すぐにご案内します」
命の危険に晒されたことよりも、公爵にしっかり自分が気にかけていてもらえたこと。それが彼女は何よりも嬉しかった。ユーキたちを案内する彼女の姿は、今まで見た中で最も美しい所作で輝いていた。
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