布石Ⅳ
一体、どこにしまっていたのかと思う量のナイフが、辺り一面に散らばっている。
それを呆然と見ながらもユーキは自らの指に魔力を集め、ガンドの装填をやり終えた。
「銀のナイフでは効果が薄い。そうとなると、やはりここはユーキ様の魔法で吹き飛ばしていただくのが早いかと。糸の心配はしなくて大丈夫ですよ。私が防ぎますから」
「ありがとうございます」
装填から発射へと、意識を切り替えると同時に詠唱を開始する。当然、女郎蜘蛛が待ってくれるはずもなく、再び糸をその胴から放つ。
「あ゛!?」
ユーキたちに届く遥か手前、それこそ噴き出してから五十センチと進まずに糸の勢いが衰える。
「どのような絡繰りで死んでも動くのかはわかりかねますが……。糸を扱うのは何もあなただけではないということです」
メリッサは右手の親指と人差し指、人差し指と中指で二本のナイフを挟んだ状態で、ゆっくりと頬まで持ち上げる。すると薬指と小指から糸が複数伸びているのが見えた。その先を辿っていくと、床に落ちたナイフだけでなく、女郎蜘蛛に刺さった槍にまで糸が絡みつき、ユーキから女郎蜘蛛までの間にいくつもの糸が張り巡らされている。
「こんな、もので――――!!」
女郎蜘蛛は更に糸を何度も吐き出すが、それが届くことはない。糸の隙間を何とか抜けようと女郎蜘蛛が動くと、メリッサもまた指を操作して糸の位置を微調整する。さらにダメ押しとばかりにナイフを投げて糸が出る場所へと突き刺した。
「私にできる魔法は多くありませんが、体や物の強度を上げることに関しては得意分野です。申し訳ありませんが、今度こそ終わりにして差し上げてください。ユーキ様」
「もちろん。あんたの恨みは正当なもので救ってやれないのが残念だ。せめて、苦しまずに逝ってくれ!」
道を明け渡したメリッサを確認してユーキはガンドを放った。二種類の糸をものともせず、一撃で女郎蜘蛛の体を消し飛ばす。轟音と共に城壁の一部が抉れて、煙を巻き上げた。
ユーキの魔眼には残像のように黒い靄が手を伸ばして藻掻く姿がこびり付いていたが、それも煙と共に消えていく。後に残ったのは左半身の蜘蛛の足と異様に長い人の腕。
「だい、じょうぶだよな?」
「はい。少なくとも、これ以上動ける部位はないようです。動いたとしても、何もできないでしょう」
城壁の上に残っている子蜘蛛はほとんどおらず、残るは城壁外に逃げた個体の処理だけだ。すぐに残党狩りをしなければいけないということはユーキもわかっていた。それでも、何故か女郎蜘蛛に手を合わせずにはいられなかった。
「ユーキ様?」
「あの人は、こんな風に死んでいい人ではなかった。……誰かに救われるべき人だったはずなんだ」
村人に生贄にされなければ、何者かに襲われなければ、この国に来なければ。様々なイフが浮かんで、でもどうしようもない現実に拳を握りしめる。
もっといい方法はなかったのか。そこまで考えてユーキは我に返る。
――――自分は今、見たことのないもの、聞いたことがないものを何故、知っているかのように考えていたのだろう。
自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。頭の中では依然、「何故」という言葉が埋め尽くし、息をするのも忘れていた。
「ダメです! サーチライトで探すには限界があります!」
「やはり、ここからの追撃は無謀か。北東部の城外戦闘の予備部隊はどうしている?」
「既に出撃していますが、全てを追うには数も速度も足りません! 一人、辺境伯の騎士が猛追していますが、後十人はいないと……!」
騎士と公爵の話す声で再びユーキの頭脳が再起動をかける。今やるべきは思考ではなく、行動。何とかして子蜘蛛を殲滅せねばと振り返る。
「――――そうか。ならばここらであ奴らの出番というわけか」
公爵が真上に二発の火球を撃ち出す。かなり上空まで放たれたそれは勢いよく弾け飛んだ。
他の騎士たちもユーキたちも、そのような信号弾は聞いていなかったので、一瞬、呆けたまま公爵を見つめてしまう。
「父上、一体何を――――!?」
――――ゴッ!!
オーウェンが疑問を投げかけ終わるよりも早く、異様な空気が辺り一帯を包み込んだ。
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