布石Ⅱ
状況は最悪だ。水の結界越しでの発動だけではない。天候は雨で、降り始めてから時間が経っており、草も土も完全に濡れてしまっている。手足に重りをつけて走れと言われるが如きの障害があった。
それでも、マリーは今までの自分の魔力制御と魔力量に絶対の自信をもって呪文を言い切る。
「これほど、とは……!」
城壁を越え、見上げるほどの炎の柱が吹き上がる。結界があるおかげで熱を感じることはないが、公爵とオーウェンは、この一瞬で結界が熱を持ち始めていることに僅かではあるが恐怖を感じたようだ。
半径数メートルを焼く火柱の筈が、東門付近一帯を焦土と化す火柱。これほどの熱量を結界に直接当てられていれば、被害こそ出ないが、相当量の魔力を消費することになっていただろう。
熟練度は無視するとしても、使う呪文さえしっかり選べば、間違いなく現時点で対軍勢用の殲滅魔法を放てるレベルにいるだろう。恐ろしいものを見る目で公爵はマリーの魔法を凝視していた。
「これだけの威力ならどこに隠れても燃えるよな」
「で、でも、他の所までは手が回らないかも……!」
あくまで燃えているのは東門の周囲のみ。そこから南下して逃げる蜘蛛もいれば、北東部から逃げる蜘蛛もいる。サクラは南に逃げる蜘蛛たちを狙い撃つが、視界も悪いことも相まって十六発撃って、一匹に当たればいい方だった。他の方角の城壁からも魔法が飛んではいくが、結果はサクラ同様に運よく当たるかどうかというところだ。
「時間をかければかけるほど、当たりにくくなってくるな。あたしにできるのはせめて、これくらいだ!」
杖を横に振ると、そのまま南側へと火柱が移動する。地面から吹き上がる炎が移動するのではなく、既に吹き上がった炎をオーウェンたちが操る水のように扱う。地面を撫でるように炎の風が吹きすさぶ。
額から汗を流しながら、もう一方の方角へと魔法を移動させようとしたマリーだったが、その体が膝から崩れ落ちる。
「くっそ……魔力切れだ……情けねぇ」
「マリー、ポーション飲んで! 早く!」
片手でマリーを支えながらサクラは魔法を放ち続ける。ただ、サクラ自身もかなり魔力を消費しており、これ以上続けて撃つと魔力がもたない。そして、それは騎士たちも同様で子蜘蛛と武器で戦って体力を消耗している。見えるのは散発的に飛んでいく騎士たちの魔法と、公爵親子が操る大蛇のような水流。ユーキの火魔法を付加したガンドの延焼貫通射撃。そして、遠くで流星雨もかくやといわんばかりのフランの火球魔法の連続射撃。
「くっ……逃げる奴が多すぎる!」
子蜘蛛がいる場所を把握しているユーキでも、流石にガンドの残弾数がある以上、敵を全て狙い撃つには無理がある。緑色の光が一つ、また一つと遠退いていく。
果たして女郎蜘蛛の子が成長して、同様の魔物の形態になるのか。はたまた、そのままの蜘蛛の姿で魔物として生き続けるのかは、ユーキのあずかり知らぬことではある。
一つ言えるのは国外から持ち込まれた生物を野放しにしておくと、大抵は生態系のバランスが崩れるなど良いことは到底起こらない。安定するまでに数十年かかるのか、それとも公爵が警戒する様な王国の危機に繋がるのか。
「何とかしておかないと――――」
そこまで呟いたユーキは、首筋にチリチリと焼けつくような感覚が走った。ガンドの構えのまま首だけを振り返ると、そこには首が落とされた後に念入りに槍を体中に刺された女郎蜘蛛の体が転がっていた。
既に死んでいる。よって、そこまで注意をする必要のないはずのそれに、ユーキは目が離せずにいた。頭では理解しているのに、その頭の片隅のどこかから、それが危険だという信号が送られてくる。
「『――――許せ―――ない!』」
サクラの言っていた和の国からの魔物。いや、妖怪であれば懸念すべきことがあることを一つ、ユーキは忘れていた。知識としては知っていても、この瞬間まで気付くことができなかった。
「そういえば……人間の恨みつらみが原因で人から妖になるなんてこともあるんだよな……!?」
ユーキの言葉。或いは魔眼に反応したのか。女郎蜘蛛の死体から黒い靄がぶわりと舞い上がった。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




