人質Ⅶ
一方、アイーダはというと、メリッサの腰に縋り付いたまま引き摺られていた。
腰が抜けて、もう動けないといった様子だ。
「うぅ……何でこんなところに連れて来たんですか……?」
「それは敵に操られていることを悟られないためです。私ではどうやっても怯える演技は無理ですから。アイーダさんの方が適任でしょう?」
何かおかしなことでもいいましたか、と言わんばかりにメリッサは首を捻る。
「もしかして、子蜘蛛が入り込んでたのを泳がせて見張っていたのか」
「もちろんです。少しばかり引っ張り過ぎたかと思いましたが、タイミング的にはちょうど良かったようですね。まさか、あんなに無防備にわかりやすく呼んでくれるとは思いませんでしたから」
アイーダは崩れ落ちたままの女郎蜘蛛を振り返って目を細める。彼女の中で先程までの公爵邸での光景が思い出された。
僅かに砂利を踏む音がメリッサの耳に届く。距離的に後二歩で手の届く距離だ。傷の無いナイフにアイーダがハサミを取り出すところも見えていた。
息を吸って体の緊張をできるだけ取る。敵はこちらを直接見ていない。ここに入った瞬間、隙を見て巻き散らした糸の振動から動きを読み取っている。故に取るべき手段は一つ。
一気に振り下ろされたハサミを置いてあったスコップで防ぐ、柄の部分にアイーダの手首がぶつかって悲鳴を上げた。それを無視して、ここ数日間、違和感しかなかったアイーダの太ももの辺りへと鏡代わりに使っていたナイフを突き刺す。
「クリーンヒット!」
人の肉ではないものを差した手応えに思わず自分の観察眼を褒めてしまう。だが一秒と経たずして、ナイフを通して振動が伝わってきた。痙攣ではなく、未だに抵抗をしようという意思が感じられる。
すぐにスコップの手を放し、メリッサが取り落としたハサミを空中でキャッチすると、ダメ押しとばかりに踏み込んで追い打ちをかける。
アイーダのスカートにチャイナドレスの様な切れ目が生まれると同時に、子蜘蛛が姿を現した。透明な液体が巻き散らされ、アイーダの太ももの皮膚を削りながら離れていく。
逆にアイーダはメリッサの動きと解放された脚の感覚に驚愕するのも束の間、顔面からスコップの束へと突っ込んだ。
「……アイーダさん。ハサミを届けたら、少し付き合っていただきますね」
「あいたたた……、も、もうちょっと楽な助け方はなかったんですか!?」
「攻撃する瞬間が一番油断するときです。普段の生活の中で攻撃すれば、皮膚が裂ける程度では済みませんでしたが……そちらの方が良かったですか?」
その言葉にグロテスクなことになった自分の足を想像したのか。アイーダは首をぶんぶんと横に振った。決して、メリッサのジト目が怖かったからという理由ではないはずだ。
「め、滅相もありません。助けていただいてありがとうございます」
少しアイーダには負担をかけすぎたかもしれない、と自分の下半身にかかる体重から反省をしていると周囲に動きがあった。どうやら子蜘蛛たちは動揺して、動くことができないようだ。騎士隊たちもどうするべきか悩む中、公爵が女郎蜘蛛に歩み寄っていく。
「終わりだ」
ただ一言、それを以て折れた剣を振り下ろした瞬間、不可視の斬撃が女郎蜘蛛の首を切断した。目を見開いたままゴロリと転がったそれは、子蜘蛛たちが戦う理由の消失を意味していた。
公爵の一太刀を合図に子蜘蛛は散開。騎士達は追撃を開始する。
「オーウェン! 外に逃がすな!」
「もちろんです!」
彼が魔剣に下した命令は、他の方角にある結界を薄くする代わりに自分たちがいる結界を厚くすること。通常の状態で足が吹き飛んだのだ。これを突破するには正に命懸けになるだろう。
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