人質Ⅵ
いくら篝火が燃えているとはいえ、今は深夜。月明かりの無い中で騎士たちが二人の正体を気にするが、目の前の子蜘蛛を放置しておくわけにもいかない。結果、それに注目したのは公爵とオーウェン、そして駆け寄ってきたユーキだった。
「メリッサさんとアイーダさん!?」
女郎蜘蛛の声が聞こえていたが、まさか人質がその二人だとは思っていなかった。
まったく身動ぎしないメリッサに対して、アイーダはすぐ近くにいる女郎蜘蛛の姿にガタガタと震えるばかりだ。
「あいつ……あたしの杖だけじゃなくメリッサまで!」
「……マリー、落ち着きな」
「これが落ち着いてられるか!」
今にもドラゴンブレスに匹敵する魔法を撃ちかねない形相でマリーが手を震わせる。だが、そこでマリーはメリッサが自分に向かってウィンクをしていることに気付いた。その後、ユーキの存在にも気付いているのか、同様に視線を向けていた。
「メリッサの戦闘は少し見たことがあるんでしょ? 前回は相手が悪かったみたいだけど、あれなら多分倒せると思う」
メリッサの攻撃は身体強化と暗器。この二つの弱点は手の届く範囲でないと攻撃ができないことだ。武器を飛ばしてもいいが、当たらなかったときのことを考えれば、今の立ち位置は彼女にとって最高の距離。
おまけに最初の襲撃者と同じように出現したせいか、女郎蜘蛛もメリッサのことを疑っていないようだ。
「ミルガイイ! オマエタチノ、メイドヲアヤツッテ、ココマデツレテキテヤッタゾ。スデニ、オマエノイエハ、カンラクズミダ!」
大声で笑い声を上げる女郎蜘蛛。口を吊り上げて嗤う様は、彼女が本当に魔物の一種であることが伺えた。
「サテ、コウフクスルナラ、ヤスラカナネムリヲ。オマエノイノチクライハ、タスケテヤロウ。ダガ、アラガウナラ、コノモノタチノ、テアシヲヒトツズツ、チギッテイクトシヨウ!」
苦渋の選択を突きつけて、どのような表情を浮かべるかに期待して女郎蜘蛛は公爵を見つめる。そんな彼女の期待とは裏腹に、公爵は相変わらずムシケラを見る様な冷たい眼差しで見つめ返した。
予想外の反応に女郎蜘蛛の目が見開かれる。何かミスをしていないか、自分の周りに魔法が張り巡らされていないか。そんな不安が押し寄せてきているのだろう。彼女の瞳が左右へと揺れ動く。
「何か。勘違いをしているようだな」
「ナ、ナニヲ――――!?」
「お前が何をしようと私がやることは一つ。この国を守ることだ。その為には、お前のような存在を一匹たりとて逃すつもりはない。例え、ここの住民、騎士団、我が血族が絶えようと!」
空気がビリビリと震え、あまりの鬼気迫る形相と気迫に女郎蜘蛛が一歩後ずさる。
「……シカタナイ。ナラバ、コヤツラカラ、メイフニオクッテクレル!」
「やれるものならやってみると良いです。そのお体でできるのなら、ね?」
「――――は!?」
自分の子供が操っていると思っていた女の口から声が聞こえてきて、女郎蜘蛛は思考が停止してしまった。気付いた時には白銀の閃光が左右から迫り、逃げる判断すらできずに人型の右腕を斬り飛ばされる。
痛みを感じる間もなく、目の前のメイドが一回転すると、胴部から生えていた二本の足が半ばから切断された。
「な、に――――!?」
自らの体重を支えきれなくなった女郎蜘蛛は前のめりに倒れ、城壁の縁へと顔をぶつけて崩れ落ちる。その眼前に塊が一つ投げ落とされた。
「もしかして、あなたがお探しのお子様はこちらですか?」
「あ、あ、あぁ……!!」
言葉にならない声が口から洩れる。そこには脳天をナイフとハサミで串刺しにされた子蜘蛛が足を折りたたんだまま転がっていた。
嗚咽交じりの悲鳴をあげる女郎蜘蛛を放って、メリッサは斬り飛ばした腕から杖をもぎ取ると、ハンカチで拭いてマリーの下にまで歩み寄る。
「マリー様。次は敵の手に渡らぬよう、お気を付けくださいませ」
「あ、あぁ、ありがとう」
「いえ、専属のメイドであれば、これくらいお安い御用です」
背筋を伸ばしたまま、メリッサは誇らし気に微笑んだ。
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