人質Ⅲ
アイーダは自らのスカートを見下ろす。このスカートは余程のことがない限り、捲れることなどはあり得ない。逆に言えば、外からは完全な死角と言える。
自分の太ももに食い込む八本の足と、巻き付く糸の感触は今この瞬間も存在している。基本的に体の支配権はアイーダに存在するが、子蜘蛛にとって正体がバレそうな行為や不都合な場所への移動をしようとすると、体中に巻き付けた糸が締まり、動けなくなる。
おまけに定期的に食事をするためか、太ももに牙を突き刺して血液を啜ってくる。フランから貰った痛み止めの薬を飲んでからは回数が減ったが、それでもいつ自分の体に牙が食い込むかと思うと気を抜けない。
「(……私、この後どうなるんだろう)」
蜘蛛は人の言葉を話さない。ただ、自分に都合で体の自由を奪うだけ。
槍などを突きつけられて永遠に辿り着くことのない収容所に歩かされる捕虜の気分だ。体を動かすことを諦めて、自分が蜘蛛に憑りつかれた時のことを思い出す。
公爵邸の玄関を潜った所で、化け物に襲われた。人の形をしてこそいたが、その動きは獣のようにも見えた。今思えば、それはこの蜘蛛だったのだろう。
辺境伯の少年騎士のおかげで何とか窮地を脱することはできたが、アイーダの本当の恐怖はその日の晩から始まったのだ。
「……? 何か音がした?」
部屋で寝ていたら窓からノックのような音が響いた。
メイドにも個室が与えれれているというのは、公爵はかなり余裕があるのだろうと思われる。実際は使っていない部屋を使用人に使わせて管理させた方が手間がかからないという理由だ。自分の部屋なら自分で清掃するし、雇い主にいつ見られても大丈夫なように教育することは余裕でできる。
そんな部屋にいたアイーダは、目を擦りながら窓が開いていないかチェックしに近寄った。公爵邸とはいっても築百年もすると、隙間風などがしてくるのは仕方がないだろう。使用人の部屋ということもあってか、修理の優先順位は低い。
目を凝らして見るが、窓の中央の鍵はしっかり締まっているようだった。風が強いわけでもないので、気のせいだろうとベッドに向かって歩き出す。
――――コンコンコンッ!
再び、自分の後ろから音が響いてきた。慌てて振り返るが、そこには騎士たちが見張りの為の篝火で照らされた城壁と騎士の動きに合わせて動く影しかなかった。
窓に顔を近付けて何かいないか警戒するものの、やはり何も見えない。顔を上下左右に動かして、見える範囲を動かしてみるが、それでもわからない。
「明日も早いんだから、早く寝かせてよー―――って、ナニコレ。気持ち悪っ!?」
身を乗り出した時に窓の窪みに手を置いたアイーダは自分の手に粘つくものが付着していることに気付いた。細く、小さく、目では見えないが、手の感触だけは確かだ。
剥がそうともう片方の手を近付けた瞬間、違和感を感じた指が窓へと吸い寄せられる。突き指の痛みを感じる間もなく、皮膚が引きちぎれそうな勢いで引っ張られ、アイーダは混乱した。
「な、何、い、痛い! 痛い! 何で離れないの!?」
窓がギシギシと嫌な軋む音を立てる。メイドとはいえ、多少の魔法は使える。護身用に習った身体強化で咄嗟に指を守るが、このままでは指の皮膚が剝がれるよりも先に窓の鍵が壊れる方が先だろう。
窓とはいえ、公爵邸に傷をつけるわけにはいかない。最悪、窓を開けても二階なので、身体強化を使えば、魔法が下手な自分でも軽傷で済むだろうという自信もあった。
空いている手で急いで鍵を開けると指を引く力が唐突に消え失せた。
「何だ!? 何かあったのか?」
「ちょっと夜風にあたりたかったの、驚かせてごめんなさい」
「そうか。最近夜は冷たい風が入ってくるようになった。風邪を引かないように!」
見回りの騎士が行くのを見送って、アイーダは自分の指を見つめた。いつの間にか指からは粘着きが消えており、薄く皮膚が剥がれていた。
「何……? お化けか何か? そういうの本当やめてよ……」
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