人質Ⅰ
蜘蛛女は背後の林が三度の爆撃に晒されたことに苛立っていた。
黒髪の男が放つ炎は早すぎて止められず、赤髪の女が放つ火球は妨害できる範囲外を飛んでいく。力任せに魔力を流して風を巻き起こすだけでは防ぐこと叶わず。
陽動もかけ、敵の魔法を防ぎ、城壁への侵入も成功させた。それにも拘わらず、大きな被害を与えられていない上に、まだ孵っていない卵まで燃やされてしまった。多少の被害は想定していたが予想以上に敵の防御が堅い。このままでは、自分一人になってしまうのは目に見えている。
故に最後まで隠しておきたかった切り札を使うことにした。息を吸い込んで、思いきり大きな声で声を挙げる。
「――――マテ!!」
水の結界の表面が震えるほどの大音量。多くの騎士はその声に思わず肩を震わせて硬直する。
オーウェンは肩で息をしながら公爵へと視線だけ動かすと公爵はゆっくりと頷いた。少し様子を見よう、と。
騎士たちが攻撃を一瞬辞めると蜘蛛たちも僅かに後退りし距離を取る。互いに警戒をしながらも、次の言葉が告げられるのを待つ状態になった。
敵意と奇異が入り混じった視線の集中砲火を浴びながら、蜘蛛女は進み出て、両の手を広げる。
「ミゴトダ。ワタシモ、ココマデテイコウサレルトハ、オモッテイナカッタ。ユウシュウナシキカン、カシラハ、ダレダ」
「……私だ」
公爵が一歩進み出て見下ろす。その目はまさに虫を見るかのような感情が籠っていた。その視線を受けて、蜘蛛女は笑みを浮かべる。
「センジツ、ワタシノコドモガ、ヒトリ、ホウモンシタハズ、オボエテイルカ?」
「あぁ、聞いている。なかなか手強かったともな」
たどたどしい言葉にイラつく様子すら見せず、淡々と公爵は蜘蛛女の言葉に返事をする。
攻め切れていない劣勢のこの局面で話を始めるということは十中八九は命乞いか何かであるが、公爵はむしろその逆を疑っていた。
即ち、降伏勧告。何らかの形で城内への侵入を許し、占拠されている場合だ。前線でいくら勝とうが、首都が陥落すれば無意味なのと同じで、公爵の場合は城壁でいくら敵を倒そうが街の民衆に被害が出れば終わりである。
ニタニタと不気味な笑みを浮かべる敵に公爵は確信めいた予感があった。こいつはまだ奥の手を隠している。或いは、既に発動している何かがある、と。
「……それで、その雑魚が何か関係があるのか? 私の騎士ではないが、既に一刀両断にされているぞ」
「ナルホド、スデニシンデイル、ト……フフフ、アハハハハハハ!」
天を仰いで狂ったように笑い始めた蜘蛛女を見て、公爵はチラリとオーウェンを見た。そして、敵の考えていることに気付く。
「くっ……そういうことか」
「閣下、どうされましたか!?」
苦虫を噛み潰したような顔に、周囲の騎士も不安そうな顔になる。
「村人の死骸に入ってそれを操る蜘蛛、それが今回の敵の特性だったな。オーウェン、お前が回収した遺体の中に蜘蛛の死骸はあったか?」
「――――っ、いえ、中には何も……いませんでした」
騎士たちに動揺が広がる。ここ数日間、一匹とはいえ街の中に魔物が野放しで存在していたということだ。当然、死骸を被って活動する魔物だ。
一度目の奇襲は明らかに異常だとわかるような出で立ちで、潜り込む時には生きた人間と同じような姿のままでいるといったことも行っている可能性がある。例えできないとしても、騎士達がすぐに隣の仲間の顔や手足を観察し始めるのは無理もないだろう。いつ後ろから仲間に攻撃されるかわかったものではない。
「笑止、たかが虫の一匹に何ができる」
「ムシノアケタアナデ、タイボクガカレルコトモアル」
細長い指で公爵を指し示しながら蜘蛛女は告げた。
「スデニ、オマエノイエノモノハ、ゼンイン、ヒトジチダ」
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