第一波到来Ⅴ
北東に三十体の敵勢力が流れ込んできているが、それはすぐに囮だとオーウェンは判断した。林から最短距離を突っ切ると辿り着くのは東にある城門だ。恐らくこれは陽動だろうと部下に指示を出す。
案の定、サーチライトに照らし出されて上がってくる報告は、東に五十の敵あり。即座に彼の意識が水の結界へと送る魔力量を微増させる。
「いいか、油断するな。結界がないものとして、いつでも動ける準備をしておくんだ」
「へー、遂にお出ましか。あたしたちの出番はもう少し先ってところだけど、かかった獲物はやっちまっていいんだよな?」
いつの間にか、起きてきたクレアが弓へと矢を番えていた。そんな彼女にオーウェンは否定で応える。
「いえ、ここはまだ槍などの武器で対応するので十分。矢にも限りがあるので下がっててください」
その言葉に呼応するように騎士たちが槍をいつでも突き出せるように構えた。
結界に触れて捕縛されたならば、そのままその中で突き殺す。食い破って来るならば、それもまた突き殺す。どちらに転ぼうと死は免れないということだ。
それを知ってか知らずか。闇夜に紛れて、村人たちの死骸が平野を疾駆する。時々サーチライトに照らし出され、その姿が露になるが、彼らはそれを避けるかのように素早く転身した。それを何度も繰り返す内に、その距離はあっという間に近付き、東門の跳ね橋前までに迫る。
その姿を見て、騎士たちの何人かは血の気が引いた顔で目を見開いていた。遠目に見れば、どんなに早い速度でも多少は目で追えるものだ。実際に彼らの目にも敵の姿は捉えることができていた。
しかし、その速度はどう見ても馬よりも早い。ここで言う馬とは、装備をしている騎士が乗った馬ではない。何も背負わない状態での馬のことだ。その早さは時速に換算すると時速六、七十キロメートルにもなる。それを凌ぐとなると、やはりそこは魔物と畏怖せざるを得ない。
「き、来ます!」
どこからか、年若い騎士の声が漏れる。
そのままの速度で跳躍した体は勢いを殺すことなく宙へと飛び上がり、透明な境界を築く結界へと突き進む。石畳が割れそうになるほどの音が連続して響くと、宙には十を超える躯が飛び上がっていた。
そのいずれもが体は瘦せ、頬と眼孔が窪み、明らかに魂が宿っていないことが見て取れる。もし、その顔をじっくりと観察することができる者がいたならば、皺が幾本も刻まれた皮膚が恐怖と絶望、悲哀に満ちていることに気付けただろう。
結界まで数メートルに迫る敵たちは、少しでも障害を減らして侵入しようとでもいうのか。腕を振りかぶって結界へと叩きつけようとしていた。
「……悪いけど、水は目の前の結界だけじゃないんだよね」
オーウェンの呟きと共に、敵は下から吹きあがった水柱に飲み込まれる。
公爵家の切り札である水の結界の恐ろしいところは、多くの補助魔法などによって制御される「魔法」と称されていながらも、これが魔力による水の操作の範疇に納まっているところだ。
故に、いつでも水の形を変えて襲い掛かることができる上に、結界を維持しながら魔力に余裕さえあれば、新たに別の水を操作することも可能である。
今回は堀に溜め込まれていた水をそのまま操って飲み込み、その水牢の中へと敵を閉じ込めることに成功した。
「くっ、何体か抜けたか……!」
それでも多少の狙いが甘かったのは否めない。後から続いた数体が空中にも拘わらず、水の柱を縫って結界へと接近し、その腕を振り下ろした。
――――ポチュンッ!
触れると同時に水の結界から分離した水が包み込む。
「何か策があるかと思ってたけど、魔物は魔物か。驚かせないで欲しいね」
矢を番えたままクレアがほっと息をつく。
やがて水に包まれた敵たちがシャボン玉のように浮いたまま結界の外へと並べられる。本来ならば、結界を透過させて城壁にいる騎士たちに槍で突かせるところだが、それでは敵が撤退してしまう可能性もある。
まだ生きているという希望を目の前にぶら下げておくことで、相手の本隊を釣り出す作戦だ。
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