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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第2巻 漆黒を歩む者

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消える影Ⅰ

 真夏日のような日光を受けながら、伯爵家の庭で素振りを行う二人の影があった。

 一人はフェイ。既に三桁を優に超える素振りを行っているが、その額には汗一つ浮かんでいない。時折、振った剣に遅れて風が舞い踊る。

 もう一人は、ユーキ。フェイとは違い、顔中から汗が噴き出て、額には髪が張り付いている。もはやフェイへの対抗心だけで剣を振っているような状態だ。


「……さて、ちょうど千回目を超えたところなんだけど、どうする?」

「キリ良く休憩、ってことで頼む」

「そうだね。まったく、これくらいの素振りで根を上げるようじゃ。まだまだだね。正直、君が今生きていることに驚きだよ」

「…………」


 フェイの言葉に若干の苛立ちを感じるユーキだったが、事実なので睨む程度にしておいた。こんなことになっているのも、昨晩、ローレンス伯爵邸へ侵入者があったからだ。

 おまけに鉢合わせたのはユーキたち未成年者三名。圧倒的な技量でこちらの攻撃を防ぎきるだけでなく、逆に無傷でこちらを無力化してくるほどの手練。結果、伯爵邸の部屋に置かれていたオルゴールを盗まれる、という現場に居合わせながら、何一つできずに逃がしてしまった。


 「逆に言えば、戦力差がありすぎたのが不幸中の幸いだね。下手に実力が拮抗していたら、最低でもどちらかが大怪我をしていたはずだ」


 用意しておいた水で顔を洗って、髪をかき上げながらフェイは言った。そんなフェイにユーキは問いかける。


「フェイだったら……倒せたか?」

「無理だね」


 即答であった。曰く、「単身で伯爵邸に突入してくる時点で騎士団上位クラスでもなければ対応は難しい」ということだ。ガンドのことを伏せて話したにしても、フェイは相手の戦闘力を騎士団上位として見ていた――――だけでなく。


「もしかすると防戦ないしは撤退戦なら、伯爵相手でも逃げられる能力の持ち主かもね」


 それでも過小評価かもしれないと言う。

 これがもし、「伯爵の娘であるマリーの誘拐や暗殺」といった目的であるならば、昨晩に相手はそれを達成できていた。ただ、運がよかったに過ぎない。

 伯爵は特にユーキたちを責めるわけでもなく、怪我がないことを確認して護衛をつけて部屋に送るだけにしていた。

 後から騒ぎを聞きつけたフェイとマリーの友人のアイリスは当然、何があったかをそれぞれの部屋で聞き出すことになる。その結果、フェイとユーキは鍛錬をして、次に出会った時には対抗できるようにしておこうという結論に至った。


「いや、しかし世の中はすごい奴がいるもんだ。まさか、壁を蹴って移動したりする奴がいるとはね」

「やるだけだったら、できなくはないだろう?」


 木陰に座り込んでユーキは大の字に寝転ぶ。やはり昨日のことが頭から離れないのか、侵入者の驚異的な身体能力と移動方法を思い出していた。


「そうだな。やるだけだったらな。でも、それを戦闘で使えるくらいにまで極めてるのはすごいだろ。俺なんて、壁を蹴って近くに着地するくらいが限界だ」

「――――ちょっと、待ってくれ。それは、身体強化を施さないでの話かい?」


 唐突にフェイが、ユーキの言葉を遮って質問する。ユーキは聞きなれない言葉に首を傾げた。


「――――身体強化?」

「まさかとは思うが、君は強化魔法を一切使わずに戦闘しているわけではないよな?」


 ユーキは強化魔法と言われて、記憶の隅からその言葉を掘り起こした。確か、ウンディーネの言っていた穢れについての件で、ギルドへ向かっていた時だ。サクラが「魔法で体力とかを強化する方法がある」と言っていたことを思い出す。


「俺には、まだ火を灯すくらいの魔法しか使えないぞ」

「君って奴は…………」


 フェイは怒ったような顔をしていたが、それを通り越してしまったようで、ため息をついて呆れ顔になった。ユーキからしてみれば、まったく訳が分からない。それを察したのか、フェイは説明をし始めた。


「人間が魔法を使う時、オドをマナと混合させて発動する。でも、オド単体で魔法――――のようなものを使うこともできる」


 ユーキの目の前でフェイは自分の手のひらを軽く振り、動かずにいるユーキの反応を見ていた。その行為に苛立ちながらも、ユーキは話の先を促す。


「体の中にオドを一定以上循環させると体の細胞が活性化する。端的に言うと、柔軟性・筋力・持久力・反応速度などを底上げできるということだ。同時に、相手の魔法が当たった時に対魔法の障壁としても機能する。誰もが火魔法の次に教わることなんだが――――」


 フェイがジト目でユーキを見つめてくる。


「わ、悪い。まったくやり方を知らない」

「そうかい。それは自殺行為に他ならない。まずは、そっちを習得することが大切だ。悪いけど、僕は人に教えられるほどの技量は持ってないから、彼女たちにでも聞いてみたらどうだい?」


 フェイが顔を向けた先を見ると、ちょうどサクラやマリー、アイリスがこちらに向かって来ているところだった。ユーキは頷いて、立ち上がるとフェイにお礼を言った。


「ありがとう。おかげでまた一つ強くなれそうだ。早速、教えてもらってくるよ」

「あぁ、そうしてくれ。いつまでも、隣でへばっていられては鍛錬にすらならないからな」

「悪い。そこは何とかして追いつく」

「そういう時は、追い抜くくらい言ってみろ」


 フェイも立ち上がり、苦笑しているユーキの肩を掴んで反対方向に向かせると背中を軽く押し出した。戸惑ってるユーキにフェイは肩をすくめる。


「さぁ、時間は有限だ。さっさと強化魔法の一つや二つ習得してこい」

「わかったよ」




 フェイはユーキを送り出した後に、ギュッと手を握り締めて、その背を軽くにらむ。

 サクラたちの元に辿り着いたユーキは、笑顔で三人と話し始めた。そんな姿にフェイは、まず苛立ちを感じた。

 今日、この日まで自分は精一杯努力をしてきたつもりだ。大人たちに混じり、ローレンス伯爵の最年少騎士として、周囲に賞賛される場所にまで登ってきた。そんな自分と同じ年齢で対抗した者。そいつは、今までほとんど剣に触れず生きてきたという。

 それでもライバルができたようで嬉しかった。そうだというのに――――


(――――なぜ、こんなにも違うんだ)

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