襲撃前夜Ⅲ
マリーが言ったことにチャーリーは頷いて再び口を開く。
「公爵の防衛に関してはイーサンが責任をもって遂行する。君たちは攻撃において、敵の逃げ道をできるだけ塞いでほしい」
「そうだ。北東部に集中して閉じ込める。一番いいのは火の魔法か土の魔法で遮断することだが、蜘蛛のような敵だという予想が出ている以上、土で壁を作っても登られるのがオチだ」
イーサンの視線がマリーへと向く。その視線の意味を理解して、マリーは複雑な気分になった。
紅の魔女。母であるビクトリアが継承した最も火の魔法を使いこなす者に与えられる称号。その娘であるなら大丈夫だろうという漠然とした期待。
魔法学園に入った時にも同級生たちから向けられたものと同じ。それが彼女をイラつかせるのだろう。
「あまり信用しないでほしいね。あたしの魔法を見たことがあるわけじゃないだろ?」
「だが、紅の魔女の下で色々と学んでいるのだろう? 他の学園生徒よりも優秀なのは当然じゃないか」
――――プツン
マリーの堪忍袋の緒が切れる音が響いた。少なくとも、彼女を知る者たちは、そうであると気付く。
少しばかり目の前にいる失礼な騎士を吹き飛ばしてやろうか、とでも考えているのだろう。杖を強く握った彼女が立ち上がりかけてたが、それよりも早く次の言葉が投げかけられた。
「マリー。さっさと、この街出て行かないか?」
「――――はっ?」
何とも間抜けな声が漏れたのは、当の本人であるマリーであった。その表情は、今起きていることがまるで他人ごとのように感じてしまっているようにも見える。ユーキの言葉を理解するのに時間がかかっているようで、口を開けたままユーキを見つめていた。
「おいおい、坊主。何を言ってるんだ。こっちは人数が足りなくて困ってるって言うのに」
「大丈夫でしょう? 優秀な公爵様の下で長年訓練を積んで来たんだ。当然、この街を自分たちだけで守り切れるでしょう?」
ユーキの言葉にイーサンも流石に苦笑していた顔が引き締まった。
「別にさ……他人の家の事情に首を突っ込むのはどうかと思うし、互いにこれから協力しなきゃいけない状況で揉めるのは、悪手だってわかってるんだけどさ。その『親が優秀だからできて当たり前』って感覚は聞き捨てならないな。もちろん、その逆も然り」
教員という職に就いてたからこそ、ユーキにとっては今の言葉が許せない。本人が使う言い訳、他人に放つ虐め、世間が張るレッテル。どれであろうとも親という要因一つ、それだけで判断できることではないからだ。
「あなたの言葉は本人の努力を踏み躙る凶器だ。マリーを個人ではなく、ローレンス伯の家のモノとして捉えている以上、円滑な協力は難しいんじゃないのかな?」
「君と問答をする気はないが、ここで致命的な亀裂を生むのは避けたい。気分を害したなら謝罪しよう。ただ少年、一つ知っておくといい。世の中は君が考えているよりも、遥かに狭い考えで回っているものだぞ?」
そんなことは百も承知だった。この世界では、この立場の人間はこうするものである、という感覚がそこら中に蔓延っている。特に貴族階級ともなれば、女性は政略の道具扱いだ。それは良い悪いではなく、今この場における常識。異分子であるユーキが口を出したところで、覆らない社会の仕組みなのだ。
「知ってますよ。協力する上でわだかまりを残したまま戦うのは嫌だから、言いたいことを言っただけです。彼女がどう思ってるかは知らないですけど」
そう言ってユーキはマリーを見る。
振り上げようと思った拳より先にユーキが振り下ろすのが早かったせいで、唖然とした表情で成り行きを見守っていたマリー。全員の視線が集中したことで、やっと頭が再起動したらしい。中途半端に上げた腰を下ろし、頭の後ろで手を組んだ。
「そ、そうだな。正直、本気で城壁吹き飛ばして王都に向かおうかと思ったけど、言葉を選び間違えたってこともあるからな。あたしは聞かなかったことにしておくぜ」
「――――感謝する」
イーサンは胸を撫で下ろしたが、一番ほっとしたのはユーキだった。あそこでユーキが話を真っ先に振っていなかったら、マリーが暴走していただろう。ユーキが無意識に魔眼を開いてしまう程に殺気に近いものがあった。
ほんの一瞬。一秒に満たない時間の中で、マリーより先にイーサンにいちゃもんをつけるという方法を思い浮かんだ自分自身を少しばかり褒めたいと思った。
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