待機Ⅶ
――――公爵邸・執務室。
「伯爵の娘らとその取り巻きの足止めには成功した。あちらのメイド長がこちらのメイドの教育を申し出た時には、何事かと腸が煮えくり返りそうになったが、ここ数日留まることの証左であったなら納得がいく」
窓の外を見れば、どんよりとした雲が広がり始め、その隙間から僅かばかりの星の灯りがちらついていた。街にはまだ明かりがそこかしこに点在しているのが見えるが、それももうすぐ消えるだろう。
窓に映った自分の険しい顔に気付き、公爵はため息をついて椅子へと戻る。
「敵の本拠地に戻るのが遅くても明日。こちらに進行してくるのはさらに二日後。ただ、人の体に入っている状態とそうでないかで機動力が変化する可能性も否めない。最悪の場合を考えて、最速で三日後に姿を現したとすると――――」
公爵は机の上に広げられた地図へと視線を落とす。地図は外側の位置に何カ所か重しを置かれ、丸まらないように広げられていた。公爵は中央の街からそのまま右側へと視線を滑らせ、その場にあった置物を適当に摘まみ上げて駒代わりに配置していく。林の後方に一つ。北から東にかけての城壁に複数。指でコツコツと自分が今いる城を叩きながら、視線をあちらこちらへと走らせる。
「城壁が仮に突破されたとして……それでも対応可能な区画から騎士を移動させておくか。予備選力があれば、もう少し采配も楽だったのだが、大規模な魔物の侵攻も久しぶり過ぎて勘が鈍るなんてレベルではないな」
公爵がため息をつきたくなるのも無理はない。援軍を要請しようにも、王都は対帝国に対して厳戒態勢を引いている。その中で国王が自身の騎士を動かすとは思えない。
――――お前なら、それくらい大丈夫だろう?
古い付き合いだからか。まるで目の前に国王陛下がいるかのように話し掛けてくるのが目に浮かぶ。幼少期にはよく遊び、無茶をして先代の国王に頭を殴られた仲だ。国王と臣下である前に一人の友人でもあった。
「お前が頑張ってる時に、俺がへこたれてたら不味いよなぁ」
部下や息子にはあまり見せない笑みを浮かべて、地図の外側に置かれた重しを一つ片手で持ち上げる。鈍く光る金属のそれをくるくると手の内で回しながら、元の場所へ戻すとおもむろに机の端に置かれていた赤い宝石をコトリとその外周部に無造作に転がした。
ゆらゆらと天井から降り注ぐ光を反射しながら煌めくそれを眺め、公爵は目を細める。
「各地に配属された騎士には既に指令を出した。我々には水の魔法があるから通常ならば陥落することもないだろう。だが、念には念を入れて、切り札の一つや二つを用意せねばならん、が――――」
そこで一度、呟きを区切った。
「――――誰か、そこにいるのか?」
扉の向こう側へと大きな声で呼びかける。すると、初めからそのつもりだったのかは不明だが、ノックが鳴り響いた。それに許可を出すと申し訳なさそうな顔でアイーダが、続いてメリッサが入室してきた。
「何の用だ」
「まだお部屋に明かりがついていましたので、お飲み物かお夜食でも必要になるかと思い、声をかけさせていただこうと思っておりました」
おどおどとした様子は抜けないが、それでも昨日よりは随分と胸を張って話せるようになっていた。その様子を見て、公爵は視線をメリッサへと移す。
「特に必要ない。ただ、そこの辺境伯のメイドには、少し確認したいことがある」
そう答えるや否や、背後に置いてあった剣へと手をかける。そのまま空いた手を机に置いて跳び越えると剣を抜き放って近づいてきた。怯えるアイーダに対して、微笑みすら見せるメリッサ。
公爵は剣をアイーダへと突き付けるとメリッサへと問いかける。
「これは生かしておく価値があるか?」
その言葉にアイーダは愕然として、体が硬直してしまう。まさか自分の雇い主に剣を突きつけられるとは思っていなかっただろうし、死刑判決に等しい言葉を投げかけられるとも思っていなかった。
助けを求めるようにアイーダはメリッサへと目だけを動かして見つめるが、そんなメリッサの放った言葉はただ一言。
「――――いえ、ありません。閣下」
血の気がさっと引くアイーダ。いつの間にか剣は振りかぶられ、一閃を放つ直前だ。
「ただ――――」
それを遮るかのようにメリッサは淡々と語り掛けた。
「――――使いようによっては有用となることもあります。今日一日、彼女を好きなように動かさせて見ていましたが、なかなか肝が据わっておりますので」
「そうか。では、どうする?」
「最初にお話ししました通り、私に任せていただければ」
「……そうか。なら任せよう。くれぐれも失敗の無いようにな」
公爵は剣を仕舞うと何事もなかったかのように踵を返す。
膝から崩れ落ちそうになるアイーダをメリッサは支えながら、はっきりと公爵へと届くように宣言する。
「もちろん。彼女を立派なメイドに育て上げて見せますわ」
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