待機Ⅵ
アイリスの顔は心なしか漂ってくる匂いにつられて、少しずつ体が右側へと寄っていく。器用にもそのまま進み続ければ店の入り口に丁度入れるような軌道に、後ろから見ていたユーキとサクラは唖然とした。
「アイリス、本当に食べるの好きだよな。俺も大概だけど、あそこまで酷くはならないぞ」
「あはは、アイリスちゃんは成長期だから……」
それはマリーやサクラたちにも十分言えることで、フォローになっていない気がする。そうは思っても口に出せないユーキは、足を少し早めてアイリスを追い抜く。
「おい、アイリス。人にぶつかるぞ……ってマジか」
アイリスの顔を見たユーキは驚愕した。
匂いにより集中するためか。アイリスは目を瞑って歩いていたのだ。匂いだけを頼りに店の入り口へまっすぐ歩くとは、その食への執念にユーキは尊敬の念すら抱いた。
「いい匂い。お腹空いた」
「まぁ、私たちよりちょっとお腹空くのが早いけど仕方ないよね。私、何か食べる物を買う暇がもらえないか、ちょっとアンディさんに聞いてくるね」
サクラが駆けていくのを見ながら、ユーキはアイリスの手を引いてその後をゆっくりと追いかける。夏の暑さの頂点はとっくに超えたはずなのに、まだ肌に服が張り付くほどの汗が噴き出す。アイリスの手はそんなユーキよりも温かく感じ、同時に柔らかい感触で握り返して来ていた。
「前みたく頭がくらくらするなんてことはないよな?」
「大丈夫。そんなに、調子は悪くない、はず」
ユーキはおでこに手を当ててみたが、特に熱くはなかった。一安心していると数メートル先を行っていたアンディ達がクレアを先頭に戻ってきた。
「城壁に行くといった矢先にエネルギー切れとはね。アイリスなら仕方ないか。とりあえず、どこかに入る?」
「あれ、食べたい……」
そう言ってアイリスが指差した先には、吸い込まれそうになっていた入口の店が存在していた。その看板を見ると、どうやらデザート専門店のように見受けられる。
「(こういうの食べられるのって普通は貴族とかそういう人たちだけなのに、この世界の人は庶民の人も食べられている。もしかすると日本での物価とかと同じレベルなのか?)」
王都に住んでいるならば、それなりに経済状況とかもいい人が多いと考えられるが、伯爵領でも公爵領でも街として発展しているところは、ある程度の娯楽や飲食に関しては日本と同じように考えられるところが多い。村でもホットスプリングスのような観光や湯治と言った集客力があるところも同様だろう。
そう考えるとファンメル王国はかなり豊かな暮らしをしていると考えられる。逆に言えば、それだけその土地を欲しいと思う国や妬む国もあるのだろう。今回の事件が本当に魔物のせいなのか。或いはどこかの国の陰謀なのか。頭の中で目まぐるしく有り得る可能性を考えるユーキ。
「最後の最後で、不意打ちや逆転の一手を相手にやられたくはないからなぁ……」
勝ったと思った瞬間が一番油断している状態だ。出来ることなら、そんな油断はせずに戦いを終えたい。その為には、まず頭を動かす糖分が必要。その補給をするため目の前のメニュー表とユーキは戦わねばならない。
「こっちの甘さに慣れちゃうと、和の国に戻った時に困るかも……」
「あっちだと何だろう。団子とか羊羹とか?」
「そうだね。あれはあれでおいしんだけど、こっちみたいに甘みが舌を殴ってくるような衝撃がないから物足りなそう」
ここでユーキはおや、と疑問が浮かんだ。
羊羹とは、そもそもいつくらいからデザートとして認識されるようになったのだろうか、と。知ってさえいれば、元の世界とのつながりを考えるヒントになり得たかもしれないが、残念ながらそれを知る術はない。
残念がりながら目の前のメニューと睨めっこをする。最終的にチーズケーキを頼んで、元の世界や次の戦いのことをほんの一時だが、忘れることができる幸せな時間を噛み締めるのであった。
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