少女の歌Ⅴ
――――ズガンッ！ ゴッ！
鈍い音が二度、部屋に木霊した。その音源は侵入者から。
「――――っ！？」
侵入者は自分に向けられた敵意にとっさに反応したのだろう。突き出された物体を振り返りながら右手で弾き逸らした。しかし、至近距離から放たれたガンドが、その拳を掻い潜り、侵入者の体をくの字に折り曲げる。
「ユーキ！」
「ユーキさん！」
マリーとサクラが歓喜の声を上げる。
先ほどまで気絶していたユーキだったが、意識を取り戻した後、侵入者の隙を突くために気絶したフリを続けていた。
相手が背を向けた隙を見逃さず、刀を左手で突き出すと同時にガンドを放った。唯一の懸念は距離がありすぎたこと。流石に至近距離ではないため、足音や衣擦れの音で気づかれてしまう。
それ故に、見える一撃を陽動にして本命のガンドを当てる。奇策が功を奏したのをいいことに、ユーキは追撃を加えるべく、右手を握って相手へアッパーを繰り出した。
「お返しだっ！」
乾いた音が部屋に響いた。それは、相手の顔をユーキが殴りぬいた――――
「……な、に！？」
――――音ではなく、侵入者の左手が受け止めた音だった。ユーキの目が見開かれ、侵入者の胸元に向かう。
（こいつ、ガンドを見切った！？）
ほんの一瞬の出来事だった。恐らくこの瞬間に理解できていたのは、ウンディーネだけだっただろう。
侵入者は右手で刀の横腹を弾くと共に、ガンドを弾き消すほどの速さで左手も振りぬいていた。そして、そのまま左手を開いて、ユーキの追撃の右手を受け止め――――
「ぐうっ……！」
今度は空いた右手で、ユーキの首を掴んだ。万力のように締め付けが強くなり、思わず両手で外そうと侵入者の手首をユーキが掴む。
そんなユーキの顔を侵入者は覗き込んだ。息ができずに眼を見開くユーキ。その眼に一瞬だけ相手の瞳が映った気がした。それを認識するかしないかの一瞬、ユーキは全力で相手の腹を蹴り抜く。
爪先が減り込む感覚の直後、ユーキは床に投げ出される。わずか数秒の出来事だったが、それでも永遠の時間に感じられた。
「おい、いい加減にしろよ」
「これ以上、ユーキさんに手を出さないでください」
杖を拾って構えた二人に、侵入者は拳を開いたまま格闘技のように前で構えた。マリーとサクラの表情がこれ以上ないほどに強張る。
「さぁ、いつでも来やがれ。あたしのとっておきを見せてやる！」
相手が腰を落として、動き出す前兆を感じさせる。マリーとサクラの杖を握る手に力が入った時――――
「――――急げ！ こちらの方で窓が割られたぞ！」
騎士団の若者の声が廊下側から響いてきた。その場にいる全員の思考が廊下側に集中する。
「――――あっ！」
次に視線を戻した時には侵入者は身を翻し、窓枠を跳び越えていた。慌てて、マリーが窓の外へ上半身を投げ出して周りを見渡すも、動く影一つ見当たらない。
この日、ローレンス伯爵家から名も知れぬ少女の声が盗まれた。
「まったく、気分のいい日にやってくれるな……」
伯爵は部屋の惨状を見渡しながら呟いた。割れた窓ガラスに散った木片、窓から流れ込む風。その光景を見れば、青筋の一つも浮かべたくなるというもの。そんな怒りも抑えて、伯爵は騎士団に窓の応急修理と館の警備を指示していた。酒を飲んでいても、そこは熟練の騎士。水を一杯飲みほして、キビキビと普段のように行動を始めた。
「ふむ……。こちらに気付かれることを承知で、結界ごと破って侵入して来るとは、儂も予想しておらなんだ」
ルーカスは杖を一振りすると、窓があった場所に若干光が奔った。
「すいません、先生。私が至らぬばかりに……」
「盗まれたことなど気にせんでよい。いずれこんなことになるだろう、と前に話していたことが現実になっただけじゃ」
「いえ、そうではありません。もう少しでマリーだけでなく、他の子供たちまで巻き込まれて、命を落とすかもしれなかったことにです」
伯爵の言葉にルーカスは微笑んだ。そして、部屋の外へと歩き出す。伯爵も後を追うように廊下へと出た。
「やはり、お主も成長したな。昔ならば目の前のことだけに囚われていたのに、今では周りのことにも気を配れるようになった」
「いえ、まだまだです」
「案ずるな。ここは、儂も立ち会って障壁や結界を用意した場所じゃ。敵が殺意をもって力を使うのならば、それに反応するカウンターの術式もあった。それが発動していない以上、侵入者は最初から子供たちを敵として見ておらぬ。――――幸か不幸かの」
ルーカスは、伯爵と共に廊下を歩きながら、ずっと前を向いていた。廊下の突き当りで人がいないことを確認して、ルーカスは伯爵に意地悪そうに口の端を上げる。
「さて、相手方は気づいておるかな？ いくら障壁や結界を張ったからといって、普段は警備すらない別邸の部屋ごときに本物を置いておく人間がいるかどうかを」
「わかっていて潜入したか。あるいは強行しなければいけない理由があったか。いずれにせよ、油断はならない相手です。先生もお気を付けください」
「お主に心配されるようでは、儂も引退時かもな」
苦笑しながら、ルーカスは廊下の突き当りの壁に向かって杖を振った。何の変哲もなかった壁に肖像画が現れる。椅子に座り、まだ地面に足が着ついていない少女の絵だった。銀髪に透き通るような白い肌の少女はにっこり笑い、ぬいぐるみを抱えている。その少女の顔は――――
「そうは思わんかね。――――ソフィ？」
――――ウンディーネにそっくりだった。
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