待機Ⅲ
ユーキの女装については、何とか却下を叩きつけたところで収まることとなった。ユーキ自身も小学校低学年くらいだったらできなくはないかもしれないと考えたが、黒歴史になりそうなので頭の片隅へと追いやる。
昔、母親が女の子の恰好をさせたとかさせてないとか、髪を伸ばしたとか伸ばしてないとか。本当に微かな記憶が蘇ってきそうになるのをアイーダに用意してもらったお茶を飲みほすことで紛らわす。
大きく息を吐いて、周りを見渡すと話題は今後のことについてどうするべきかという、至ってまともな話題になっていた。
「あたしたちにできることと言えば、こうやって魔法の練習をしておくことだけだろ。他にできることなんてないし、流石にこんな状況で街に繰り出すのもどうかと思うぜ」
「そうでもないですよ。街の中に侵入された時に、街の造りや風景を知っておくだけでも、十分有利になりますから。どうですか? この後、一緒に行ってみませんか?」
アンディがマリーの発言を否定する。
不慣れな土地での戦闘はできるだけ避けるべきであるし、もし慣れる時間があるのならば慣れておくべき。それがアンディの意見であった。
「でも、侵入された時点でほぼほぼアウトだろ。あんな素早さだと、街の中じゃ相当面倒だと思うし」
「だからこそ、ですよ。最悪の状況を想定しておけば、何かあった時に少し気が楽になります。『良かった。最悪は免れた』と」
「仮に最悪なパターンでも『対処法は考えたから後は……』というように、何も考えていなかった時よりは楽になる。つまりは精神的な問題ということかと」
フェイもアンディに続いて頷いた。
実際、アンディは部隊をいくつかに分けて、交代で街の中を散策に行かせている。それならば、自分たちが行くついでにマリーたちも、というわけだ。
「そうね。ずっとここでお話ししながら魔法を使い続けるのもつまらない。それならば、気分転換に外に出て公爵の治める都市がどんなものかをこの目で確かめるのも悪くはないか」
「……魔法を使ったままは不味いよな?」
「水の魔法に切り替えれば、万が一もありませんから大丈夫でしょう。私としては屋内で火の魔法を扱ってる皆さんの方が恐ろしいというか」
公爵家の一室だけでも大金貨がいくつあれば足りるのかというようなものがたくさんある。万が一、燃えでもしたらとんでもないことになるのは予想がつく。
「……だったら、止めればいいだろ」
「言って止まります?」
「……無理だな。あたしが悪かった」
マリーは何もなかったのようにのほほんとしているが、ユーキやフランは自分のやっていたことの恐ろしさに今更気付いて手が震えだす。
「あ、あの、このテーブルとか椅子とか……どれくらいします……?」
「た、多分、全部合わせると最低でも白金貨には届くかと……」
約一千万。その金額に今度は足が震えだす。
木材でできているとはいえ、確かに至る所に様々な曲線が彫られている。それぞれの曲線の間は空洞で、今にも折れそうなほどの細さの場所も存在する。万が一、脚でもぶつけようものなら即欠損するだろう。
今ならば目の前のアイーダが震えながらお茶を運んでいたことにも納得できる。一歩でも躓いてぶつけたり、カーペットに零そうものなら、一生かかっても払いきれないほどの弁償が待っている。そうだとすれば、膝が震えるのもおかしくない。むしろ、そのプレッシャーの中で相当頑張っている方だ。
おどおどしていた彼女の姿が、たったその一言でユーキには、とても立派に見えた。メイドのことなんかまったくわかっていない自分ですら、きっと彼女はいいメイドになるのだろうという確信が芽生えるほどに。
「さて、そんなわけで事故が起こってはいけません。お茶を楽しみ終わったら、散策に出かけるとしましょう。ついでにここの商会などで気に入る物があれば購入されると良いかと。リラックスするのも、戦いの秘訣ですから」
そう言うとアンディは真っ先にお茶を飲み干して、部屋を出て行く。アイーダにすれ違いざまにお礼を言って出て行くと、色白の彼女の肌が少しばかり赤くなっていた。
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