少女の歌Ⅳ
ウンディーネの呟きに、周りが息をのむ。最初に反応したのはマリーだった。
「待った。これはあたしの家にずっとあったやつだ。聞こえた歌は、ちょっと思い出せないけどさ。少なくとも、ウンディーネとの交流なんて聞いたことない」
「……そうですね。私も、このような物を作った覚えはありません。だからこそ、驚いているのです」
ウンディーネがマリーに向き直って、オルゴールを指さす。その目には怒りと戸惑いが混ざった感情が伺えた。マリーは腕を組み、顎に手を当てて考えるポーズをとると唸った。
「マリーが知っている方のオルゴールは、どんな内容なの？」
サクラがマリーに問いかけると、当人はまたもや頭を捻る。さらにひとしきり唸った後、腰に手を当ててため息をついた。
「――――それがさ。さっぱり思い出せないんだよな。オルゴールがあったのは覚えてるんだけど、その内容を頭の中から全部盗まれちまったみたいに。まぁ、かなり昔のことだから仕方ないけどさ」
「そうですか。私としては非常に気になりますけれど、仕方ありませんね」
そんな会話の中でユーキはオルゴールをずっと見つめ続けていた。
（何だ……この色は……二重に色が見えるぞ）
ユーキの魔眼には、オルゴールの中にウンディーネと同色のものと、それを覆う黒色の光が見えていた。その光をさらに間近で見るために手に取ろうと手を伸ばす。ユーキの手がオルゴールまで三センチを切った瞬間――――
――――ガシャンッ！！
――――窓ガラスが粉砕されて、黒い塊が飛び込んできた。ウンディーネは、即座に姿を消して見えなくなる。
「おいおいおい、人の家に何してくれやがる！」
「――――――――」
ゆっくりと立ち上がったのは全身黒づくめの人間だった。口元も黒い布で巻いて覆って、さらにフードも被っているため顔がほとんど見えない。唯一、鼻から上を覆う仮面が白く浮かび上がっていた。
だが、窓を割って入って来たことよりもユーキを驚愕させたのは――――
（――――こいつ、魔眼で認識できないっ！？）
ユーキの魔眼には、黒づくめの人間の部分だけがぽっかりと穴が開いたように抜け落ちていた。周りの景色だけが光を放っている中、明らかに異物として存在している。
そんな怪しげな侵入者の体が左右に揺れた。ユーキは刀に手をかけ、マリーとサクラは杖を抜いて、侵入者へ向ける。
「――――――――」
対して、侵入者は両手を前に突き出し、ゆっくりと上げる。手には何も握られてはおらず、皺のよった黒い手袋が見えるだけだ。
「おい、窓ガラス割っといて『敵意はありません』とか言わないよな？ こんな派手な登場をしたんだ。すぐに騎士たちがここへ集まってくるぞ」
「悪戯にしては度が過ぎています。大人しく捕まって、怒られて、反省してください」
「――――――――」
侵入者は、ローブ越しに四人を見回す。数秒遅れて、ユーキがその視線の動き方が不自然であることに気付いた。明らかに、ユーキを見た後に、誰もいない空間に向けている。
窓が割れた瞬間にウンディーネは姿を消した。だが、それは精霊石の中に戻ったのではなく、肉眼で見え辛い状態になっただけで、ユーキにははっきりと姿が見えている。
（こいつ、ウンディーネが見えてやがる。まさか――――）
ユーキの視線に気づいたのか、侵入者が一気に距離を詰めて来た。瞬き一回の間に手の届く距離まで踏み込んでくる。
（こいつも魔眼持ちかっ！？）
ユーキは刀を抜き放とうとするが、既に侵入者に柄を押さえられてしまう。力を入れて抜こうにも抜けない。侵入者の左手が高速でユーキの右脇腹へと迫る。
このままでは防げないと判断し、ユーキは体を半身ずらしながら刀全体を右側へ引き寄せて、相手を受け流した。
「はぁっ！」
そのまま左手側を振りぬいて、柄で侵入者の左拳に叩きつけて逸らし、さらに体を回転させて鞘をぶつける。体勢を崩して前のめりになった侵入者の背中へと吸い込まれていくが、当たるかと思われた瞬間に――――
「うぉっ！？」
「きゃっ！？」
――――急加速で目の前からいなくなり、壁や天井を蹴ってユーキの後ろ側。すなわち、マリーやサクラのすぐ前へと移動した。そのまま、それぞれの片手で裏拳を放ち、杖の持ち手部分にぶつけて弾き飛ばす。マリーとサクラは思わず、後退して距離を取ろうとするが、相手が距離を詰める方が早かった。
「二人から離れろ！」
ユーキが上段から後頭部に鞘ごと刀を振り下ろすと、侵入者は振り返って手をクロスする。ユーキの手に衝撃が伝わると同時に、ユーキは声を出す間もなく後ろに吹っ飛んでいく。
最後にユーキが見たのは、肘を突き出して構える侵入者の姿だった。
マリーとサクラは、互いに顔を見合わせる。
マリーの額には冷や汗が浮かび、サクラの顔は血の気が引いて、今にも倒れそうだった。ただ、侵入者は二人には近寄らず、ユーキと二人が視界に入るように移動して、フード越しに顔を二人に向けた。
――――オマエタチハドウスル？
まるでそう言っているかのように二人と様子を窺っている。そんな中、最初に動いたのはマリーだった。
「おい、お前の目的はなんだ」
侵入者は、右手の人差し指を二人に向けた。その行為に、二人の緊張が高まる。
「あたし達の命が目的か？ 暗殺者ギルドかよ！？」
侵入者は、人差し指を立てて左右に振った後、さらに指をずらす。その先にあったのは――――
「――――オルゴール？」
サクラの呟きに侵入者は軽く頷いた。そのまま、歩を進めながら手の平を左右に振って、退くように指示をする。
「おい、それをどうするつもりだ？」
オルゴールに手を伸ばした侵入者にマリーは問いかける。しかし、侵入者はオルゴールを胸元にしまうと窓へ向かった。
『くっ、まだ奥の手を隠し持っているみたいです。私が出て行っても相手にならない気がします。それに――――』
ウンディーネは三人の様子を見ながら思念でサクラとマリーに語り掛ける。
『あのオルゴールには、何か私の大切な物が隠されている気が――――』
魔眼は持たないウンディーネではあるが、マナの流れには敏感な種族だ。それ故にオルゴールから何かを感じているのだろう。そんな気になる物を目の前で奪われたのだから、ウンディーネとしてはたまったものではない。
その侵入者の後ろ姿を見ながら、何か良い案はないかと考えていたのだろうが、唐突にウンディーネはある一点を見て目を丸くする。
『嘘でしょ！？ まさか――――』
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