作戦通達Ⅱ
「私たちが攻撃を仕掛けて、魔物が逃げ出した。これが今朝の話だとすると、敵の動きがあまりにも早すぎませんか?」
「確かに逃げてから仲間と合流したと考えると、相当近くに敵の本隊がいるということだよな。だから街の周りに結界が張られた」
「そうですが、隣の村で事件が発覚したんです。そして、公爵閣下はそこの村に騎士を派遣するつもりでいるとおっしゃっていました。それは、まだ村に敵がいるからです」
「話が、矛盾」
アイリスの一言に視線が公爵へと集中する。
それを涼しい顔で受け流し、公爵は近くのメイド――――襲撃者の被害に遭いかけた少女――――にグラスへと追加のワインを注がせる。メイドが脇へと退くと、公爵はグラスを持ち上げて天井のシャンデリアから降り注ぐ光に透かした。
「……我々の騎士たちの情報網を甘く見てもらっては困るということだ。流石に内容はお主たちには伝えることは出来ん。例え、それが辺境伯本人であろうとも、な」
例え同じ国の貴族であろうとも、領地を守る切り札に一つや二つどころか十や二十は当然隠しておきたいだろう。情報というのはどこから漏れるかわからない。できるだけ知っている人間を減らすというのは賢明ともいえる。
どんなに信頼関係があろうとも、拷問一つで情報が敵の手に渡ればそれでおしまいだ。公爵の反応は領地持ちの貴族としては、ごく普通の対応だ。
「敵が攻めて来るのは、いつ頃になりそうですか?」
「さてな。今かも知れぬし、明日かも知れぬ。そこは敵の首魁の考え次第。獣のようであるならば何よりも早く。人のようであるならばじっくりと。未来視の力でもあれば楽にわかるのだが……実に残念だ」
公爵の瞳がユーキをじっと見つめる。突然向けられた視線に思わず緊張するユーキだったが、公爵の表情がすぐに崩れた。
「……ふむ、違うか」
「えっと、何か……?」
「いや、何でもない。とりあえず、我々の方で街を結界で包み、敵の侵攻を防ぐ。機会ができ次第、攻勢に出てこれを撃滅する。一匹でも取り逃して、数年後に同じ事態を引き起こすなどということが無いようにせねばならぬ」
浮いたままだった手を思い出したかのように口元に持っていき、ワインを一口で飲み干した。
「では、私たちにできることは……?」
「敵が全て集まり次第、また焼き払ってもらう。少しばかり手間取るだろうがお主らの力なら、多少時間はかかっても殲滅できるだろう。逃げ場のない敵を的にして魔法を練習するいい機会にもなるだろう」
席を立った公爵は出口へと歩を進めて行く途中で、思い出したかのように振り返った。
「代用の杖の方はあるかね? 流石に杖がないと辛かろう」
「ご、ご心配なく。予備の杖は持っていますので……」
唐突に話を振られたマリーは、緊張しながらも返事をする。
最低限、戦力として動けることを確認しておきたかったのだろう。公爵は満足とは程遠いが笑みが零れる程度には表情が柔らかくなった。最後に全員を見回して、公爵は一言告げる。
「作戦については、各隊の隊長を向かわせて説明させる。まぁ、ほとんどやるべきことは今朝とは変わらぬが、疑問があれば確認を済ませておいてくれ。少しばかり私は寝る。オーウェン、何かあった場合はすぐに私の所へ来い」
「はい、わかりました。父上」
公爵が出て行くのを見送った後もオーウェンの表情は優れないままだ。ユーキは声をかけようと体を前に出そうとした瞬間、その腕にサクラの手が触れる。
「ユーキさん。多分、貴族の人たちにしかわからない何かがあると思うの。おまけに私たちはこの国の人間じゃないから……」
今はそっとしておいてあげた方がいいだろう。
そうサクラが言いたいのも理解できたユーキは、喉元まで出かかった言葉を飲み込んで一言だけ絞り出した。
「俺にできることがあったら言って欲しい」
「……ありがとう。今はその言葉だけで十分だ」
覇気のないオーウェンの表情と声が脳裏に焼き付いたまま、ユーキは用意された部屋へと戻っていくことになった。
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