駆け引きⅣ
執務室に戻った公爵は再び、様々な書類に目を通していく。
その中には各村に派遣した騎士たちからの連絡も存在していた。幸いにも、他の村や街には被害が出ていないようだ。
すぐに今朝の戦闘についてと、予測される敵の動向についてを記す。最後にそれぞれの地域をいくつかの部隊にまとめさせて、指揮官を誰にするのか。今後、どのように動くかを簡潔に箇条書きで書いていく。それを各村の数だけ書かなければならないのだから相当な量であるが、それを誰かに書かせようとは公爵自身は全く考えていなかった。
「さて、侵入者が出たのは予想外ではあったが、そのおかげで随分と計画が進んだ。ここからは短期決戦。後はこの勝負に相手が乗ってくるか、だな」
一通ごと丁寧に封蝋をしながら、公爵は独り言を呟く。
村からの連絡が途絶えてから今日まで、大分騎士たちを酷使している。ここで更に過酷な指令を下したが、果たして着いて来れるか。
「ふっ、私も年を取ったな。自分の部下を信じられないようでは、上に立つ者として恥以外の何物でもないというのに」
もし失敗したのなら、それは自分が部下の力量を見極める力が無かっただけのこと。そうとはいえ、自分の一挙手一投足が領民の命、ひいてはファンメル王国の生命線を握っているのだ。一つの失敗が国をも滅ぼすことを公爵は良く知っている。
飢饉が訪れた時、食料の貯えが無くて隣国に吸収された国。下水設備を疎かにしたせいで王都に病が蔓延して王族諸共滅んだ国。ダンジョン管理をせずに魔物に食い散らかされた国。
近年では滅びる国は減ったが、過去の資料を読み返せばたった八百年の間に随分と悲惨な事例がいくつも転がっている。
そして、このファンメル王国には、その滅びの引き金がいくつも存在していた。
「聖教国に蓮華帝国、謎の襲撃者に正体不明の魔物、ここ近年で急に問題が噴出してきたが、最後に行きつくのは魔王と見て良いのだろうか?」
聖教国の聖女が王都に滞在しているが、その途中で襲撃者に遭遇した部隊がある。もし、聖女が死んでいたら魔王の復活に対するカウンターを用意できずに世界は混沌に包まれるだろう。その前に、聖女を守り切れなかったことで他国からの非難は避けられず、聖教国とも敵対関係に陥ってしまう。
その一方で、魔法学園に蓮華帝国のスパイが紛れ込んだ。それも共犯者に息子と同じ生徒会に所属する貴族がいたというから、貴族の間に衝撃が走ったのは言うまでもない。
まだ尋問などが残っている為、国王の沙汰は下っていない。だが、常識的に考えれば、御家取り潰しで本人は処刑されるのが筋だろう。一歩間違えれば、貴族の子女の大勢が人質に取られ、国の中枢が乗っ取られていた可能性すらあった。国家転覆罪の片棒を担いだ者に慈悲などありはしない。
息子ほどではないが、それなりに才能は合ったと感じていた公爵は、下らぬことで消える命を少しばかり惜しいと感じた。
不安材料はまだある。王都に出現したゴルドー男爵のグール。街へと発展しようとしていた穀倉地帯の村に、緘口令が敷かれるレベルの魔物の出現だ。あまりにもファンメル国に都合の悪いことが、この数か月で起きていることに危機感を覚えるのも無理はない。
何かしらの悪意が働いているとしか思えぬ最中に、自らの領地へ災難が降りかかった。油断していたと言えば確かにそうではあるのだが、公爵の中で目に見えない何かへの疑念が高まったのは言うまでもない。
「もし……本当に裏で動く何者かがいるというのならば、運が悪かったな。少なくとも、私はお主が思っているほど弱くはないぞ」
各騎士隊に向けた封書が書き終わると、公爵は執事ではなく、部屋の外に待たせていた騎士たちを呼んでそれらを手渡す。彼らは四騎一組で各村へと送られる伝令であるが、それは非常に危険な道程になる。当然、途中で魔物や賊に襲われる可能性も否定できない。
だからこそ、公爵は命懸けで指令を運ぶ彼らに自ら渡すことを激励とし、彼らの士気を高めるのだ。
「―――――頼んだぞ。我が国の未来は君たちにかかっている」
「「「「はっ!」」」」
執務室にそれぞれの隊の代表者の声が何重にもなって響いた。その声があまりにも大きかったせいだろうか。公爵の視界の端で窓が僅かに振動して、何かがふっと落ちて行った。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




