駆け引きⅢ
出て行った公爵を見送った後も呆然としていると、申し訳なさげにオーウェンが口を開いた。
「父上も気難しい人でね。悪気はないんだ」
「まぁ、ちょっと口調が強くて顔が怖いですよね」
「……そこ?」
フランの少しズレた、プラス失礼な発言に一瞬、マリーがぎょっとする。
「心配なんでしょうね。色々と。言葉にするのは簡単ですけど、それを言うと人のためにならないから、口数少なくして必要最低限のことだけ発言されているのかもしれないです」
「君にはそう見えるかい?」
「はい。特にオーウェンさんに対しては、人一倍厳しいのではないかと……」
人一倍厳しいなどというものではすまされない。
今でこそオーウェンは生徒会長という地位でみんなに笑顔を振りまいて、余裕そうに毎日を過ごしている。その裏では血の滲む鍛錬を日々行ってきていた。
それはクレアやマリーにも容易に想像がついた。一つのミスが今まで積み上げてきた家の歴史を潰しかねない。そのプレッシャーは公爵家とそれ以外では天と地ほどに差があるのだ。
「それを言われたところで、何をすればいいのさ……」
「何か?」
「いや、何でもない。それより、さっきの推理だけど、なかなかいい線行ってるかもしれないじゃないか。これなら、次に戦う時には、何か対策ができるかもしれないな」
オーウェンはテーブルに近づいて、そこに置かれた脚であろう部分を凝視する。
「蜘蛛ということは当然、糸を使うけれど、林の中奥深くまで入らなくて本当に良かった。万が一、巣を張られていたら、対処は難しかっただろう」
「その場合……どうすればいいんだろう?」
藻掻けば藻掻くほど糸は絡まり、同時に敵にいる場所を伝えてしまう。剣で断ち切ったフェイにサクラが視線を向けると、フェイは手を何度か握りながら答えた。
「あの時はしっかりと踏み込むこともできたし、魔力も十全に練って身体強化につなげていたからできた。でも、その状態でも蜘蛛の糸は絡まったから……」
そこで言葉を区切って、慎重に言葉を選んで発言する。
「多分、今日みたいな戦闘の中でだったら、切ることはできないかもしれない、と考えていた方がいいんじゃないかな」
「そうですね。我々、騎士にとっては相性が悪い。多少魔法は使えますが、魔法使いとして日々過ごされている人より、詠唱も判断も劣るところがありますから」
アンディもフェイの意見に同意する。
騎士たちの主な攻撃は武器であり、得意とする魔法技術として身体強化が存在している。万が一の対処というのはどうしても、自分が得意とするもので行いがちだ。その為、様々なケースで対処法を学ぶのだが、罠などにかかった時の対処はしていても、魔物の蜘蛛の巣にかかったときの脱出法など誰も経験していない。
「逆に言えば、その対処法をしっかりしておけば、余分な労力を使わなくて済む。結果的に、楽」
「やめとけって、アイリス。アンディたちを馬鹿にするわけじゃないけど、騎士団の人間は基本的な初級魔法くらいまでしか習得していない人が多いんだ。その範囲内でできる方法を考えないと」
アイリスが杖の先に火や水の球を交互に出して、目をキラキラさせている。その反応にマリーが釘を刺した。
世の中にはオーウェンのように魔剣を使ったり、ユーキのように刀を持ってガンドを放つ――――いわゆる魔法剣士などと呼ばれる――――戦闘スタイルは騎士団ではあまり採用されていない。
あくまで騎士団は集団としての戦いで敵を倒すのが目的としてあり、一個人の突出したスキルが合ったとしても、それは死蔵したままになることが多い。そして、そういう能力がある人物は騎士団よりも冒険者として名を上げることが常である。
「集団には集団の、個人には個人の、将官には将官の戦い方がある、ということ。でも、今回はどうしても騎士たちがメインになる。だから対処法はできるだけたくさん考えてみるのは大切だ。そこのところ、良い案があるんじゃないかい?」
「任せて、頑張って思いついて見せるから」
オーウェンの技術をすぐに模倣した天才少女。オーウェンは複雑な気持ちであっただろうが、今この瞬間においてはその存在は心強いものだったに違いない。
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