少女の歌Ⅲ
足音を忍ばせながらも早足で廊下を進むユーキは、小さい声でウンディーネに問いかける。
「本当にこっちで合ってるのか?」
「こっちです。さっきよりも強い気配なので近づいているはずです」
いくつかの扉の前で確認するが、ウンディーネはさらに奥の方へと誘導する。当然、使われている部屋もあるため、間違って開けるわけにもいかない。ユーキは横目でウンディーネの反応を見ながら足を進めていくと、ウンディーネがある部屋の前で止まった。
「――――この部屋、だと思います」
「中に人は……?」
「いないと思います」
その言葉を聞いてユーキはドアに手を当てた。
一瞬、ためらった後にノックをしてみる。部屋の中からは何の返事もない。ユーキがウンディーネに目配せすると、頷きが返ってきた。そのまま、ドアノブに力を入れて、ドアを開く。
「何だ……ここは……?」
驚くのも無理はない。ユーキがあてがわれた部屋よりも豪華なのに、人のいた気配が感じられない。きっと掃除もある程度されているのだろうし、伯爵が来るのが年に一度だとしても、数年間レベルで人がいないという雰囲気が感じられる。
部屋の壁際やベッドには数種類のぬいぐるみ、入り口からまっすぐに進んだ所には小さな箱が置かれていた。ユーキは、足を進めるとその箱を手に取った。
「これはオルゴール?」
「そうですね。ただし、単純な音階ではなく、人の声などを録音できるタイプのものですね。この中からは気配――――というよりは魔力を感じます」
「聞いてみる?」
「もちろんです」
「あたしも興味がある」
ユーキは頷いて、オルゴールの箱に手をかけ――――ここに居るはずのない人物の声が飛んできたことで、急いで振り向いた。
風呂上がりで上気した頬のマリーとサクラが立っていた。マリーは腰に手を当てて、いかにもといった形で胸を突き出し、サクラは申し訳なさそうに片手を振っている。
「あたしの家で勝手に家探しするとはいい度胸じゃないか」
「あー……ごめん」
突然のことに謝罪の言葉しか出てこないユーキ。それに対して、にやにやと笑って意地悪な顔をするマリー。ユーキの肩をポンッと叩いて、マリーはオルゴールを手に取った。
「別に怒っちゃいないぜ。どうせ、何かあったんだろう。――――しかし、懐かしいな。昔にこんなオルゴールを見た覚えがあったんだけど、この家に置いてあったのか」
そう言って、マリーはオルゴールの蓋を開けた。中には無色透明な板がいくつか並んでおり、オルゴールと同じような作りが見えた。違うのはその板がすべて同じ長さであることだ。音楽を演奏するならば、当然振動数を変えて、音程を作るために板の長さの長短があるはずなのだが、これにはそれがなかった。
「とりあえず、やってみればわかるかなっと――――」
マリーがオルゴールのぜんまいを巻くと、子供の声で歌が流れ始めた。歌詞として判別できる声ではないが、そのリズムや音程の取り方からして歌なのだろう。澄み渡るような高い声でいて、か細く、今にも折れてしまいそうにも感じる声だった。
「――――おかしいな。あたしが聞いたことのあるオルゴールじゃないみたいだ」
そうマリーが呟く。ユーキはその言葉に首を傾げながら、オルゴールへと目を向けた。そこからは、ずっと声がむなしく響くだけだった。
「何か……この歌は悲しそうです。とても辛そうな声」
サクラの言葉にマリーとユーキは頷いて、オルゴールへと手を伸ばす。ちょうど手がかかる寸前に言葉が聞こえた。
『――――バイバイ。■■■■■■、■■■■■■、■■■』
最後は掠れて、聞こえなかったが、別れの声だけは聞こえた。そんなことに疑問を覚えたユーキの横で、ウンディーネが後ずさりする。
「ありえない。でも、この声と魔力は――――」
その口から洩れた言葉をユーキたち三人は聞き逃さなかった。恐らく、それほどまでにウンディーネが混乱していたからだろう。
そして、その言葉をユーキたちもすぐに理解できなかった。
「――――わた、し?」
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