絡繰り人Ⅱ
いくらファンメル王国とはいえ、ローレンス伯爵のような戦力が何十人と存在するわけではない。また、危険なのは帝国だけでもない。国境の危険度はローレンス領以外にも高まっている中で、対応するためには単純に戦力を補充して、相手を動かさせないのが肝要だ。その点において、公爵の騎士は適任だったに違いない。公爵領自体を守らずとも、国境が破られなければ公爵領も守られることになる。即ち、積極的防衛に打って出ることにしたのだ。
そして、その誤算を思わぬ形で引かされたのが公爵でもあった。他の貴族たちからの戦争を吹っ掛けられることはなかったが、まさかの自領内で発生した問題がここまで首を絞めることになるとは、夢にも思っていなかったはずだ。
公爵にどれ程の力があろうとも、騎士たちがローレンス領以外の辺境伯の下に援軍として出ている事実は変わらない。つまり数の上ではこの街を攻めている村人の人数を上回るが、面積に対して割り振れる騎士の数が圧倒的に足りていない。
どこから攻めてくるかわからない以上、万遍なく騎士を配置したくなる。ただ、それに対して集団で一点突破を図られれば、普通に考えて敗れてしまうだろう。いかに公爵が強いとはいえ、不眠不休で戦い続けるわけにもいかない。どうしても地力で押し戻すだけの力を騎士という数で補わなければならないのだ。
「君たちには選択肢が二つある。一つは、オーウェンを連れて王都まで戻ること」
「父上、ご冗談を……」
オーウェンが苦笑したが、公爵の表情は至って真剣だ。横目で息子を睨みつけて黙らせると、ユーキたちを含めて、今一度、一人ずつ見渡した。
「もう一つは、ここで我々と共に戦うか、だ。聞くところによると、ローレンスではなかなかの戦いをしたらしいではないか。一人は後方部隊を焼き払い、もう一人は化け物を消し飛ばしたとか」
「もう、そのことがここにまで伝わってるの……?」
いくら冒険者ギルドなどが関わることになったとはいえ、ユーキたちがどのように活躍したかという細かい話が伝わるにしては早すぎる。そもそも、マリーが後方部隊に襲撃をかけた話はユーキたちの中にも知らない者がいるくらいだ。
「次に領地に帰る時には注意しておいた方がいいぞ。自分の娘のように可愛がっているとはいえ、つい自慢話で口が滑るということも世の中にはあるということだ」
「ギルドマスターのおっちゃんか……」
マリーは頭を抱える。昔から近所付き合い感覚でよく出会ってはいたが、それがこんなところで仇となるとは思わなかったようだ。恐らく、マリーの脳裏に酔っぱらいながら、ジョッキを片手に騒ぎたてるギルドマスターの姿が浮かんでいることだろう。
「それはつまり、かつて公爵の領地にいた村人を一人残らず殺すということになりますが?」
「構わん。もはや、あれらは救いようがない存在になっているだろう。一秒でも早く、この世から消し去ってやるのが、せめてもの慈悲だ」
クレアは目線だけオーウェンに向けると、オーウェンは目を瞑って首をゆっくりと縦に振った。どうやら公爵の言う村人の殲滅のシナリオは避けられないらしい。
次いで目線がアンディへと向くが、それに対してアンディはアクションを何も返さなかった。一瞬、クレアは自分が試されているのかもしれないと思ったが、冷静に考えてそれはないだろうと結論付けた。どちらかと言えば、アンディの反応は「どちらを選んだとしても従います」という意思表示に近いだろう。
「王都や魔法学園は、どんな状態かご存じですか?」
「あちらは至って平和だよ。大きな話題と言えば魔法学園のダンジョンがまだ封鎖されていることと、学園が再開されていないこと。後は帝国の使者がやって来たくらいのことだろう。尤も、誰もその使者がまともなことを言うとは考えていないだろうがな」
公爵はわかりやすすぎるくらいに不満を顔に出して、席から立ち上がる。執務がまだ残っているだろう机へと歩いていく途中で一度立ち止まり、顔だけ振り返った。
「早ければ今夜にでも奴らが攻めてくるだろう。それまでにはどうするか決めておけ」
それ以上、公爵が口を開くことはなかった。
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