不穏な気配Ⅶ
「――――これを」
「はっ!」
公爵が羊皮紙を仕舞い、便箋に封蝋をする。すぐにそれを近くに控えていた騎士へと渡した。
そのまま騎士はユーキたちとすれ違う様にして部屋の外へと出て行く。オーウェン以外が呆然と見ていると公爵から声がかかった。
「遠いところをご苦労。辺境伯の娘とその友人たち。このような状態で話をすることを許してほしい」
「いえ、とんでもありません。ライナーガンマ公爵閣下。むしろお呼びいただけて光栄です」
すぐにクレアが返答をする。その瞬間に二人の視線が交差した。
片や王国に名を轟かす魔剣使いにして、公爵の中でも指折りの権力者。片や王国の英雄とまで言われる辺境伯の娘。共に重い肩書を背負えど、自ら背負った者と生まれた時から背負わされた者では、その重みが違う。
それでも、公爵の視線から目を逸らさずに向かい合えたのは、クレアの今まで培った胆力の賜物だろう。数秒ほど続いたそれを崩したのは公爵の方だった。
「なるほど。前に見た時は妹の方だけだったが、姉の方もなかなかだな。奴の血を引き継いでいるだけあって頑固そうだ」
「恐縮です」
「ふむ、立ち話も何だ。座ると良い」
公爵は立ち上がると目の前にあるテーブルと椅子を指示した。
人数に対して、座れるのは二人か三人。公爵はあくまでローレンス伯爵の娘と話をしている、という形で進めている。つまり、その他の一般人は自然と彼女たちを囲むように立つ形になった。
オーウェンもまた公爵の斜め後ろに立ち、まるで家具になったのかとでもいう様に身動きしない。
「さて……どこから話したものか」
以前に王都の城で会った時と違い言葉に覇気がない。以前は、年齢を重ねて髪の輝きがオーウェンよりもくすんだ分、眼光が鋭くなっている印象が強かった。オーウェンの表情もそうであったが、それ以上に公爵の表情には疲れの色が浮かんでいた。目の下にもくっきりと隈が浮かんでおり、睡眠もろくに取れていないように見える。
「父上。まずお二人をお呼びした理由からはどうでしょうか」
「……そうだな。そうしよう」
ユーキはほんの少しの短い会話に違和感を覚えた。王都ではどこかよそよそしい雰囲気があった二人だったが、何らかの心境の変化があったのか距離が近くなったように見えたからだ。
公爵もしかめっ面から頑固なイメージだけが先行していた記憶がある。しかし、今、目の前にいるのは親子とまではいかなくても、信頼できる上司と部下のようなやり取りに見えた。
「お主らに来てもらったのは他でもない。君たちの安全を確保するためだ」
「我々の、ですか?」
「そうだ。本来、王都に戻るために使うはずだったルートに問題が出てな。危険性を伝えようにも話が複雑だ。私ですら全貌を把握しきれていない。それならば、いっそのことここに寄ってもらった方が安全で話が早い、ということで早馬を飛ばしたわけだ」
そう言うと待っていたかのようにオーウェンが背後から、この辺りの地図を広げる。
「――――よろしいのですか? 軍事上、貴重な情報も含まれているかと」
「構わぬ。少なくとも、あやつの関係者なら信用できる。それに見られたところで、お主らにはどうもできん」
一瞬、間をおいて公爵は進行ルートをホットスプリングスからなぞっていき、とある村の上で動きを止める。距離にして、ここから半日とかからない場所にある村だ。規模もそこまで大きくない。
「この二週間。村との連絡全てが途絶えている」
「途絶えている、とは?」
「言葉通りだ。連絡便はおろか、この村から誰一人としてこの街にやってくる者がいない。いくら人通りが少なくなったとしても最低月に一度は商人が通る。それが今月は一度も来ていない」
二週間前と言えば、ユーキがバジリスクを倒してローレンスの領地に運ばれた前後くらいの話になる。その領地が隣国である帝国に脅かされたことを考えると帝国の差し金かとも思えてくる。
「騎士を派遣したものの音沙汰無し。いよいよ何かがあったものかと手練れを斥候として放ったところ、驚くべき事態が起こっていたことがわかった」
「それは一体」
クレアが先を促すが公爵ですら言い辛いのか。口を真一文字に結んだまま沈黙の時間が続いた。
「――――父上」
「わかっておるっ!」
オーウェンが先を促すと語気を強める。だが、それはオーウェンを叱責したというよりは、自分に言い聞かせていたようにユーキには聞こえた。
どこかここではない遠くを見つめる様子で目を細めていた公爵だったが、夢から覚めたかのように目を見開いた。
「――――村が一つ、滅びた」
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