不穏な気配Ⅳ
林の中にいるという敵を視認しようと何度も凝視するが、ユーキの魔眼には映らない。林の奥の方に隠れているのか、なかなか出てくる様子がなかった。
「敵は自分が不利になる場所には出てこようとはしないみたいだ。本能として理解しているのか、それとも知恵が回るのか。どちらにしても戦いたくない相手だな」
まだこの世界には自分の知らない化け物がうようよしているのだろう。そう考えると能天気に森の中へ依頼を遂行しに行っていた昔の自分の愚かさに頭が痛くなる。
ため息をついて、サクラと入れ替わるように正面を向こうとした瞬間、視界の端に光るものが見えた。すぐに振り返るがそこには何もなく、ユーキはガラスの反射か何かだろうとあまり気には留めずに視線を元に戻す。
「どうやら、こちらを襲ってくるつもりは、今のところないみたいだね。このまま行けば敷地内に入れそうだ」
「マリー様。あまり窓に近寄られては後ろの方々が窮屈ですよ」
「メリッサは何で落ち着いていられるのさ!?」
サクラと共に窓にへばりつくようにして林の様子を窺っていたマリーは、そのままの姿勢で声を張り上げる。
「フェイが今言っていたでしょう。もうすぐ街の城壁内に入れると。私たちは今、王家の馬車に乗っているのですよ。おまけに窓のカーテンは全開です。――――反対側の窓から、おしりを突き出した格好を公爵領の民に晒しておきたいのならば、どうぞご自由に」
「「……あー」」
サクラとマリーはお互いに顔を見合わせると苦笑いしながら元の位置へと戻る。
その姿にクレアは呆れた顔でマリーの横腹を肘で突いた。ただし、その瞳は馬車の後方。僅かに見える林と街道の方を向いて動かなかった。
何事もなく進んで行くと、ユーキの目に入口の跳ね橋が下りる様子が飛び込んでくる。
「昼間なのに跳ね橋を……?」
「まるで戦争で籠城でもしているかのような警戒の仕方ですね」
フランも目を丸くしながら跳ね橋を見つめる。
ライナーガンマ領は王都ほど地下水が潤沢に取れるわけではないものの、近くを流れる川から水を流し込んで堀を作っているようだ。入口へと向かう所だけ地面が堀の方へ近づくようにせり出している。ここだけならば幅は数メートルの規模になるのだが、広いところでは二十メートル以上ある。
魔力を身体強化などに回して飛び越えてくる輩も、流石に撃ち落とせる距離ではある。おまけにここはライナーガンマが治める土地だ。水魔法の扱いにかけては息子であるオーウェンですら、かなりの腕前。それが父とその家臣団がいるとなれば、好き好んでここを跳び越える輩はいないだろう。
自分が侵入する側の立場になって考えると、どう頑張っても途中で迎撃される未来しか浮かばない。すぐに水球の牢獄の閉じ込められて、窒息するか捕虜になるかだろう。
「(苦しんで死ぬのだけは御免だな)」
馬車が微かにゴトゴトと音を立てて橋を渡る。背後にいる騎士たちも後ろの安全を最後まで確認して、スピードを緩めて渡り終えた。すぐに跳ね橋は上がり始め、外界と隔絶されてしまう。
「これだけの厳戒態勢。ライナーガンマ領で何が起こってるんだ?」
「魔物に、襲われてる?」
先程のソフィの見た感じでは、普通の人間ではあり得ない動きをしているという話だった。少なくとも、人の姿をした魔物か、操られた人かと考えてしまうのが普通だろう。
「アサシンギルドの手練れなら枝などを足場に跳ねて移動することもあると聞きます。ただ、あれだけ離れたところから、しかも林の中にいる状態で見張りの兵士に見つけられるとなると、その線は考えにくいですね」
メリッサもそれなりに知識を持っているが、それでも心当たりがない様子だ。
そうとなると考えられることは二つ。
「この地域に存在しない、魔物」
「或いはライナーガンマ公爵を領地に留めさせたい勢力がいるか、ですね」
アイリスとソフィが静かに呟く。この中で最も年が若い二人が、真っ先にそれらしい結論を言い放ってしまったせいで、若干、小さな傷を心に負う年上たちであった。
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