極彩色の世界Ⅵ
「「「かんぱーい!」」」
広場のあちこちで歓喜の声が上がる。ゴブリン撃退を祝ってのお祭り騒ぎだ。
使われる食材は多種多様だが、そのどれもが勇輝の知る見た目も名前も一致していた。出てくるのは「猪肉の『から揚げ』」に、「お芋の『ベーコン』巻き」などの肉料理や「『トマト』をスライスしてチーズを乗せた野菜料理」。
そして、大人たちが飲む酒、酒、酒。
(何で大人は、こうも酒を飲みたがるかな……)
そういって目の前のレモンの輪切りを水に浸けただけの果実水を飲む。
はっきり言って酒というものが勇輝はあまり好きな部類ではない。だが、大人の付き合いで最初の一杯は飲むようにしていた。ただ肉体が若返っている以上、誤魔化しがきくことと、酒は飲めないということにしておいた方が精神的に楽だからということで、遠くから酔っぱらいたちを見ている。
そんな勇輝の姿に何を思ったのか。数名の若い村人と共にその横にウッドが腰を下ろす。
「よぉ、楽しんでるか?」
酒の匂いを漂わせて、髪とは対照的な真っ赤な顔で話しかけてきた。手には、どこかから持ってきた串焼きの皿を持っている。
「なんだ、酒が苦手なのか。ははは、やっぱりまだガキだな」
余計なお世話だ、と心の中で呟いて、山盛りの串をウッドの皿から一本引き抜く。
「頭が痛くなるってわかってるのになぜ飲むんですかね? おまけに調子に乗って失敗する人も出てくるじゃないですか」
勇輝は反論してみた。百薬の長とはいうが、それを正しく全員が飲めるなら苦労はしない。
笑いながらウッドも串を引き抜いて肉の塊を頬張る。近くに座っていた男たちも寄って来て、俺も俺も、と手を出し始めていく。
全員がどんどん頬張っていく姿にウッドも満足そうに頷いていた。勇輝も同じように大口を開けて食らいつく。舌の中で肉汁が溢れ出て、思わず頬が綻ぶ。
そんな姿と表情を見ながら、ウッドは言い放った。
「いやぁ、勝った後の飯は美味いな。特にこのゴブリン肉!」
「「「ぶっはぁっ!?」」」
口をつけてた人間、全員が噴出した。
ゴブリンの肉が普通は食べるものではない、という共通の価値観がもてて安心した勇輝だったが、今はそれどころではなかった。
噴き出した村人たちを尻目にウッドは、爆笑しながら手をパンパン叩く。
「いやぁー、わりぃわりぃ。ちょっとしたジョークだよ、ジョーク!」
周りの男たちがむせ終わったあと、ウッドの方ににじり寄る。
「おーし、兄ちゃんいい度胸だ」
「ちょっとばかし覚悟してもらおうか」
「まずはこのちょっち強めな酒からいってもらおうかのぅ」
村人数人に囲まれて強い酒を強要される。自業自得ではあるが、なんか可哀そうだ。何気なく村長も嬉しそうに酒を薦めているところを見る、これが悪酔いというものだろう。
もみくちゃにされて十数分後、ウッドはほぼダウン状態で解放された。はっきりいえば視点が定まってない。急性アルコール中毒なのでは、と疑うほどではあったが、這いずってしっかり座り直す余裕があるようで、意外と平気なのかもしれない。
「ほら、水でも飲んでください」
そう言って、念のために用意しておいた自分の水を渡す。据わった目で水を見ると、片手で掴んで一気に飲み干す。これで腰に片手を当てて立っていたら、まさしく風呂上がりの一杯、といった感じで絵になっていただろう。
「あぁー、生き返った。砂漠に降った雨みたいな美味さだ」
遠回しな表現だが、わからなくもない。そんな姿に苦笑していると、ウッドは真面目な顔で見つめてきた。
「お前は、これからどうするんだ?」
「これから、ですか……?」
予想外の質問を浴びて、少し返答に困る。そもそも自分の目的は元の世界に帰ることだが、その為にどうするかまでは考えていなかった。第一に安全の確保、その次に情報を集めるべく、できるだけ大きな都市に向かうことが目標として挙げられるだろうか。
横目で伺えば、肉を頬張りながら答えを待つウッド。
「とりあえず、大きな都市に行きたいですね。自分には知らないことが多すぎますから」
ひとしきり、肉を味わい尽くした後にウッドは口を腕で拭った後、勇輝の肩を掴んで笑顔で言った。
「じゃあ、俺らと一緒に来るか? 王都に戻る予定だしな」
その言葉に、勇輝の食事の手が止まった。頭の中でさまざまな問題点が積まれていく。金、身分証明、時間、治安――――数え上げればきりがないだろう。
だから、思い切って聞いてみることにした。
「こっちの国の金は持ってないです」
「俺らと一緒に稼げばいいじゃないか。そうでなくても、冒険者ギルドに登録すればいい。薬草採取だけでも、宿代にはなるはずだ」
「身分を証明するものがないのは……」
「それも冒険者ギルドに所属すれば解決する。こんなカードが貰えるぞ」
そう言って、ウッドはどこからか文字が書かれたカードを取り出す。篝火の火では読むことはできないが、恐らくは彼の名前が書いてあるのだろう。
その他にも聞いてみたが、どうやら王都は馬車で二日ほどのところにあるらしく、治安もいいとのことだった。金を稼ぐ手段がいまだに不安なところもあるが、ある程度のことは冒険者ギルドに登録すれば何とかなるらしい。
渡りに船という言葉が勇輝の脳内に浮かび上がる。その直後、勇輝はいつの間にか頷いていた。
「ご迷惑でなければ、お願いします」
「おう、任せとけ」
どちらからともなく笑みを浮かべると、お互い笑って料理を食べ始めた。
翌朝、冒険者たちの馬車に乗り、村を出ることになった。ジョージ夫妻からは、彼らの息子の服を何着かもらい。村長からもほんの少しだけお金をいただいて、見送られることになる。
「短い間だったが楽しかったぜ。王都で息子にあったらよろしくな!」
そう言って、ジョージは背中を叩いてくれた。痛かったが、ちょっぴり嬉しい気持ちになったのは気のせいではない。
村を離れていく間、ずっと手を振っていてくれる村人たちの優しさに、笑顔になりながら勇輝は前を向く。
「では、すいません。改めて、お世話になります」
頭を下げると、御者席で手を振るウッド。ジト目でみるレナ。それを見て苦笑いするリシア。そして、凛々しい顔立ちで頷く赤髪の――
「――どちらさまでしたっけ?」
――コントのように赤髪の男がずっこけた。
今更だが、彼の名前をまだ聞いていなかった。
「あぁ、そういえば名乗った記憶がまだなかった。改めて、この冒険者のリーダーを務めているマックスだ。よろしく」
そう言って、手を出してきたので握手に応じる。
「ユーキです。よろしくお願いします」
前回の時は、いろいろと考える余裕がなかったが、その手はウッドよりも大きく感じた。顔を見れば、雰囲気も落ち着いているし、きっと優秀なリーダーなのだろう。
そんな二人の間にレナの声が飛び込んできた。
「それよりも、あなたに聞きたいことがある」
その言葉に勇輝以外の全員の目つきが変わった。勇輝は張り詰めた空気を感じながら、頷くことで続きを促す。
「どうやって、リシアを助けた?」
それは勇輝が質問したいくらいだ。起こった結果を認識していても、その過程を説明しようとすれば非常に難しい。ましてや、あの眼に飛び込んできた世界を表現するのは不可能だと思えた。
だから、今の自分に説明できる範囲で説明してみることにする。様々な光で木々や生き物の形が視覚的に認識できたこと。相手の武器が放つ光で弾道を予測し、防いだり躱したりしたこと。
ウッド以外はリシアに顔を向けた。吸い込まれそうな紅い瞳が勇輝を見つめ返す。
「多分、『魔眼』かもしれない。ほぼ間違いなく」
若い時からゲームをプレイしていたこともあり、勇輝自身、普通の眼ではないと薄々勘付いていたが、喜びと不安が半々であった。本来、人が持っていない魔法的な能力をその身に宿したことへの喜びと、もしかすると、自分は人間という枠から一歩はみ出してしまったのではないだろうか、という不安だ。
リシアの説明を聞くと、普通の人が見ることができないものを見たり、見るという動作で魔法的な結果を出すことができる眼の総称を魔眼というらしい。効果も様々で、彼女が把握しているだけでも「暗視」、「透視」、「遠視」、「未来視」、「過去視」、「石化」、「魅了」、「催眠」、「幻視」の九つがある。
前半五つは見るだけの受動型、後半四つは見ることをトリガーに効果を外界に及ぼす能動型に分けられるという。正確にはしっかりとした魔眼のカテゴリー分けがあるようなのだが、専門外だからわからないということだった。
「今、その光は見えてないんだよね」
そのリシアの質問に、頷く。あの戦闘以来、一度もあの光は見えていない。今、もう一度、その魔眼とやらを開いたら、どんな風に見えるのだろう。
(確かあの夜の時に見た風景は――――)
そんな思考をしているとレナの声がかかる。
「その光とやらは私には、よく理解できない。あえて言うとするならば、あなたの見た世界は、どんな色だった?」
興味があるのか、ないのかわからない声に、勇輝は少し考えた後、笑って答えた。
「あえて言うなら――――『極彩色の世界』、ですね」
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