不穏な気配Ⅲ
全員に緊張が走る中、ソフィが窓を開け放つ。
「何をしてるんだ?」
「少し大妖精の真似事でもしようかと思いまして」
杖先から手のひら大の水玉を浮かべると、それが形を変えていく。うねうねと不規則に動いていたそれは、やがていくつかの方向へと細く伸びていった。だんだん形を整えていくにつれて、それが人の形をしていることに気付く。ただし、決定的に人と違う点が一つ存在した。それは背中から生えた蝶のような羽だ。
「妖精?」
「えぇ、この妖精の形をした水に意思はありませんが、この子を飛ばして、その先にある情報を手に入れようかと」
「……それ、かなり難しいのでは?」
フランが唖然とする横でアイリスも目を輝かせながら頷く。
「魔法というよりはオーウェンさんやアイリスさんのような水の操作に近いものがありますね。ただし、私はそこにウンディーネとしての能力を重ねているので、どんなに真似ようとしてもお二人はもちろん、人間である限り無理ですよ」
「何だ、ちょっと残念」
窓の外に水でできた妖精を飛ばしながらソフィは座り直して目を瞑る。その直前、片目でアイリスに少しだけ意地悪な視線を送った。
「真似をすると、ですよ。魔法を応用すれば似たようなことは可能かもしれません。簡単か難しいかはアイリスさんが一番わかっているでしょうけど」
「うん。魔法で再現しようとすると、可能かもしれないけど、スゴイ、複雑」
既にその方法を考えていたのか、間髪入れずにアイリスは頷いた。
「それで? どんな感じなんだ?」
「待ってて、マリーちゃん。今、集中してるから」
「お、おう……」
急に昔のような口調で話されて固まってしまうマリー。その様子にクレアは僅かに顔を綻ばせる。
かつてのマリーとソフィは良く遊んでいて、今のアイリスとの関係によく似ていた。ただ、アイリスもマリーと一緒に突撃するタイプなのに対してソフィは真逆。どこか遠慮して、立ち止まってしまう。
そんなソフィをいつも手を引っ張って連れ出すのがマリーの役目であり、彼女たちもそれを心地よく感じていた。それは形こそ違えど、変わらないものがあるようだ。
「あんた。昔のソフィとは違うんだから、そこんとこ、しっかりしておきな」
「うっ、わかってるよ。そんなこと言われなくても」
口を尖らせながら、そっぽを向く。だが、その瞳はいつソフィが口を開くのかと何度も行ったり来たりしていた。
十秒ほど待っていると目を瞑ったままソフィが告げた。
「人型の生物が複数。林の中からこっちに向かってきている。でも、地面だけじゃなくて木の上にも――――」
そこまでいったところで一度言葉を区切る。目をゆっくりと開けて、首を振った。
何となく全員が察した。先程作った偵察用の魔法が破壊されたのだろう。
「かなり動きが早いです。今はまだ林の中にいますが、全力でこちらに向かって来た場合、あそこまで逃げられるか微妙です」
「だってよ、フェイ! スピード上げれるか?」
「無茶を言わないでください。周りに他の騎士の馬もいるんです。そうそう簡単に馬車だけスピードを上げても周りとぶつかります」
焦った声が御者台から響く。
窓の外を警戒しつつ、ユーキはソフィに問いかけた。
「相手に特徴はなかった? 人なのか、それとも人の形をした魔物なのかがわかる程度に」
「少し人間離れした動きでした。走るというよりは、跳躍するような移動をしていましたから」
「そういう魔物に心当たりは?」
周りを見渡すが誰もが首を横に振る。
この中で依頼を数多くこなしているクレアでさえも知らないとなると、途端に不安が押し寄せてくる。
「いずれにせよ。ちょっと面倒な相手だね。せめてもの救いはここが開けた場所だから、相手は地の利を生かすことができないこと。林に囲まれた街道の中だったら、攻撃を当てるのにかなり苦労しただろうからね」
ほんの数分の差が自分たちの命運を分けた、と言われても実感がわかない。ただただ、今は後ろから攻められる脅威に冷や汗を流すばかりだ。
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