不穏な気配Ⅱ
「さぁ、見えてきましたよ」
御者台からフェイが呼びかけて来たので、ユーキたちはカーテンを開けて窓の向こう側を見る。
白く輝く城壁が見え、一瞬王都に到着したのかと勘違いしてしまう所だった。
「なるほどね。ミスリル原石を採掘してるんだから、自分の領地を囲うくらいなんてことないか。いや、でも体積的にあの量は王都と合わせるととんでもない量にならないか……?」
王都と同じような城壁ではあるが、広さも高さも流石に王都のものとは比べても勝負にならない。それでも、これだけの城壁を用意されれば、ここを陥落させるのはかなり難しくなるだろう。
フラン曰く、「公爵家もいくつか存在するが、ライナーガンマ家はその中でも飛びぬけている。それは資産保有量としても、従える人間の数にしても、そして個人の戦闘力にしても」とのことらしい。
「あり得ない話だけど、ライナーガンマ公爵が国王に反旗を翻したら、そう簡単には鎮圧ができないだろうね。この領地に籠っていなくてもかなり続くんじゃないかな。他の貴族連中も早々に公爵が隠居を宣言したことに案外ほっとしてると思う」
輝く城壁を前にクレアは目を細める。
王都には父であるローレンス辺境伯同様に何度か顔を合わせることはあるが、基本的に政治には関わろうとしない。領地を豊かにして、税収を増やし、魔物を駆逐する。そうすることでライナーガンマ公爵家は栄えてきた。
実際は聖女の護衛など重要な政治的局面に国王から呼び出されていることを考えると、隠居という生活からはかけ離れているようではある。長男であるオーフェンも正式に爵位を継承したわけではないため、一部の貴族は警戒を続けている。
尤も、警戒したところで多くの貴族は、その権力の前に何もすることはできないのだが。
「あれ……何でしょう?」
ソフィが城壁よりもやや上を指差した。
赤く光る何かが上空へと二つ、三つと尾を引いて上昇していく。暫くして、それが空で軽く弾けた。遅れて音がやってくるよりも先に、ユーキたちの体が後ろへと引っ張られる。
「な、何だ!?」
「すいません。どうやら、後方から何かが近付いている模様。あちらの衛兵から警告の合図が上がりました」
「敵襲!? 野盗か魔物か?」
「わかりません。とりあえず、迎え撃つよりは城壁内に逃げ込んだ方が安全でしょう。後方はわかりませんが、最悪の場合は城壁の外で援護射撃を受けながらの戦闘になるかもしれません」
戦闘と聞いて各々が杖を取り出す。
クレアがユーキとサクラに目配せをした。この数日で最も魔力を消費していたのは、この二人だ。無理に戦わせて倒れるよりは、ここぞという時だけに魔法を使った方が生き残れる。
「私は大丈夫。でもユーキさんは……」
「六発が限界だな。多分、再装填に時間がかかるか――――できても威力が低そうだ。それなら身体強化に力を割いた方が、まだ戦える」
「ユーキ。爆破石を用意しておいてくれ。それなら時間稼ぎができるはずだ」
魔力を込めると中にある魔力と反応して爆発を起こす石。軽い怪我程度ならば負わせることはできるかもしれないが焼け石に水。フェイの言う通り、時間稼ぎにしかならないだろう。
窓越しに後ろの方を確認しようとするが、未だに敵の姿は見えていない。馬や馬車が巻き上げる土煙の茶色と抜けてきた林の緑色くらいしか視界には入らない。
「せめて敵の規模が分かれば……」
クレアも様子を窺おうと左右を見回すが所詮は馬車の中。視界は限られており状況を把握するには少々手狭であった。
歯がゆさに顔を歪めているとソフィがぼそりと呟いた。
「今は落ち着いた方がいいですよ。慌てても体力を無駄に使うだけですから」
「よ、良く落ち着いていられますね」
「少なくとも、妖精庭園で出会った再生能力者が何人も襲ってくるわけないですから。あれに比べたら大抵の敵には驚きません」
それはフラグなのでは、とユーキは口から言い出し掛けたが、それを呑み込んで呼吸を整えようと深呼吸する。ソフィの言う通り、こんな街道で出会う敵にそこまで強いものが存在するはずがない。存在しているのならば、とっくにライナーガンマ公爵が動いているはずだ。
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