不穏な気配Ⅰ
ホットスプリングス村を出発して二日後。正確には四十四時間で目的のライナーガンマ領の中心へと辿り着くことができた。
ただ、睡眠時間を削ってまで動いたせいか、多くの騎士が疲労している。万が一、襲撃があれば間違いなく負傷者数は普段よりも激増していただろうし、下手すれば死者が出る可能性も否定できない。
「いくつかの村や街に寄るのを辞めて街道を最短距離で移動しましたから、かなり早く着くことができました。しかし、公爵は一体どうしてこんなことを……」
少なくとも、アンディが伯爵と領地の見回りをしながら王都に向かう時には、できるだけ早く領地を抜けるようにということ以外、特に言われたことはなかったらしい。前回と今回で違うことはたくさんあるが、それでも特に目立っているのは公爵の下に向かうことだ。
伯爵がいる状態であるならば理解できるが、ここにいるのは伯爵の娘であり、その友人たちでもある。アンディの中では不安が広がっていく。
「(もし……公爵がソフィ嬢のことに気付いていたとしたら……)」
ウンディーネの力を悪用する可能性が無きにしも非ず。彼女を狙って襲ってきた者たちと繋がっているとは到底思えないが、今は例えどんなに忠臣であった貴族であろうと油断はできない。それが公爵であっても、だ。
アンディがそんな風に悩んでいるとは露知らず、馬車の中では呑気に会話が弾んでいた。
「――――ところで、ライナーガンマ領ってどんなところなんだ?」
「そうですね。とりあえず国王様と血縁関係にあるので、基本的に裕福な土地であるのは間違いありません。穀倉地帯に鉱山、それに沿岸地域まで幅広く所有しています。特にその中でも一番目立つのは、やはり鉱山でしょう。ファンメル国のミスリル原石採掘量、その三分の一がライナーガンマ家の所有する鉱山から出ていますから」
商人として知っていて当然とばかりにフランは捲し立てる。商品や原料、金になるものなら何でも売ることができるのは確かだが、すぐに三分の一なんていう数字が出てくるほど、ユーキは詳細に覚えられる気がしない。
感嘆しながらもユーキは前々から気になっていたことを口にした。
「ミスリル原石って、王都の城壁を作ってるアレだろ?」
「はい。魔法をほとんど通さないことで有名なあの城壁です」
「それ、どうやってあんなにきれいに切り出して運んでるんだろうな?」
「それは……きっと一部にしか伝わっていない特殊な方法でやってるんじゃないでしょうか?」
あそこまできれいな直方体で鏡面仕上げのようなものに加工するには、かなり高度な技術が必要になる。逆に言えば、技術さえあればその城壁を突破することができるということだ。
「あー、それ私も思ったことがあるんだけど、そういう技術は全部ドワーフに任せてるらしいぜ」
マリーが欠伸をしながら、手元の本から目を離さずに呟く。未だにメリッサから与えられた課題として本を読み続けているところはなかなか健気である。
「何でも初代国王様自らドワーフと契約を結んでるらしくて、他国へとおいそれと加工技術が漏れないようになってるんだと」
「マリー様。本に集中なさってください」
「うげっ……はーい」
メリッサからの注意にげんなりしながら、マリーは口を閉じた。その横でクレアも眉間に皺を寄せて本を読み進める。
「マリー様に代わって、私が説明を引き継ぎましょう。ミスリル原石の加工技術は先ほども説明があったようにファンメル王国がほぼ独占しています。まぁ、稀に攫われたドワーフの一部が加工しているなんて話もありますが、大抵、そういうミスリル原石の純度は低いものが多いです」
「鍛冶や加工が得意なドワーフさんの中にも色々な人がいるってことかな」
「そうですね。単純に熟練度の違いということも有りますが、一番の大きなところは一定の水準に達しないと製法を教わることができないとされています。冒険者ギルドでDランクの人がBランクの依頼を受けられないのと一緒ですね」
無理矢理受けさせられそうになった身としてはメリッサの例に首を捻りたくなったが、例えだから仕方ないということでユーキは聞き流すことにした。脳裏に某国王と某受付嬢が笑っている姿が目に浮かんだのはきっと気のせいだろう。
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