魔力酔いⅢ
十数分後、ユーキの周りにはいくつもの火球が浮かんでいた。夜にこれを見ていたら幽霊と勘違いする人も出たかもしれないが、昼間だと急に恐怖感が薄れてしまうのは、やはり暗闇が存在しないからだろう。
「で、この炎に囲まれた状態で何をするんだよ?」
「簡単だよ。君はマリーの操る炎に触れてはいけない。最小限の移動で火球を躱す練習だ」
「……まじかよ」
ユーキは周りを見渡した。正面に三つ。左右に二つずつ。計七つの火球がユーキを狙っていた。今はまだゆらゆらと空中を彷徨っているだけだが、一度マリーが杖を奮えば、この火球がユーキへと殺到する。
「一応聞いておくけど、お前はこの鍛錬やったことがあるんだよな?」
「あるけど、何でだい?」
「いや、自分がやったこともないのに、俺にやらせるとか理不尽にもほどがあるって思っただけだ。フェイもやったことがあるなら、俺にだってできるはずだ」
左手で右肩を揉みながら首の骨を鳴らす。問題の右腕はソフィの魔法により、薄い水の膜が覆っていた。本来は放っておいた方がいいとのことだが、流石に痛みをずっと我慢しているわけにもいかない。せめて、治癒魔法ではなく、純粋に水を纏わせて冷却するという手段で痛みを和らげさせることにした。
「ユーキさん。体内の魔力割合の不均衡の根本的な解決方法は体内の魔力を増やすことです。体を魔法無しで適度に動かしていると安静時よりも魔力の回復が少しだけ早くなりやすい、とのことです。頑張ってください」
「そうなんだ……」
「フェイ、お前知らなかったのかよ!」
「伯爵曰く、『とりあえず体を動かしてれば治るもんは治る』ってことだったからね。身体強化の使い過ぎで何度か連れ出されたこともある」
頭が痛くなるのを我慢してユーキはソフィへと確認をする。
「で、元水の精霊さん。そっちは何かわかる? 或いは誰かから聞いた?」
「アイリスさんに」
掌で指し示した方に振り返ると、アイリスは池の水を球体にして空中に浮かべ、その中で鯉を泳がせていた。
「アイリス。一応聞いておくけど、本当だろうな?」
「本当。レオ教授の出してた論文に書いてあった」
「何だよ。あの人理論ばっかだと思ってたけど、意外に運動とかもやるのかよ」
いつもだるそうな顔で補習をしていた姿しか思い出せないので、てっきり運動はからっきしだと思っていたユーキ。人は見かけによらないのだと思っていたら、アイリスは首を横に振る。
「学生を雇って、実験結果をまとめた、だけ」
「そんなことだろうと思った。でも、魔力がまったく無くなった時も運動すれば回復するって認識でいいのか?」
「違う。あくまで体内に外界の魔力が流れ込んで魔力酔いになった時だけ」
――――どんだけ限定的な状況の実験しているんだ。
そう思ったユーキだったが、その実験のおかげで回復を早めることもできると考えれば、感謝しなくてはならない。
そんなユーキの目の前に佇んでいたフランを見て、純粋に疑問がわいた。
「フランの場合は、ルビーからの魔力供給だけど、その場合の魔力酔いってどうなるんだ?」
「ど、どうでしょう。吸血鬼の体には詳しくないのでわからないです。私は魔力酔いは全然ないんですけど」
ネックレスのルビーを指でなぞりながらフランは首を傾げる。
そんな中で突如、ユーキに向けて火球が一つ解き放たれた。
「うおっ、危なっ!?」
「がたがた抜かす前に、さっさと体を動かそうぜ。こっちは暇でしょうがないんだ」
「それ、人前で魔法を使いながら絶対に言うなよ。誤解されるから」
「ご心配、ありがと、よ!」
二つ、三つ、とタイミングをずらしながら火球がユーキの周りから放たれていく。前方に三つ。左右に二つずつの計七つの球が浮かんだ。
これを行うにあたってマリーにはルールが幾つか設けられている。
一つ、後ろからの攻撃は禁止。前方から撃ちだされた三つの火球が後ろに移動した時点でユーキは反転して向き直る。
一つ、前方からの攻撃と左右の攻撃は分けて行う。
一つ、左右からの攻撃は同時に二つ以上放ってもいい。最大で左右の四発が襲ってくる。
以上の三点が最初のルールだ。
フェイ的にはもっと厳しい練習もあるのだが、最初ということもあり、口を出さないことにしていた。それでも一つ言い忘れたことがあったと思い出して、ユーキに忠告する。
「あと一つ言い忘れてた」
「何だよ。こっちはきついんだから、さっさと言ってくれ」
「君は『僕にできるなら』って言ってたけど、僕はクリアできなかったよ」
「はぁ?」
理解が追い付く前にユーキの側頭部で火球が弾けた。
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