微睡みの中でⅥ
せっかく温泉宿という普段来られない場所にいるのにも拘わらず、あまり自由に動けないことにため息をつきたくなる。ただ、マシなのは依然と違って体が動くことだろう。何とか体を起こすと右腕がだらんとぶら下がる。まるで腕の形をしたゴムがぶら下がっている感じだ。
「他のみんなが気にしていないから良いけどさ。ユーキ、もう少し気を付けないと、いつか本当に大変なところに引きずり出されるぞ」
「わかったよ。俺だって、好き勝手誰かのところに潜り込む趣味はもってない。俺にだって選ぶ権利はあるからな」
「――――君は本当に愚かだなぁ」
フェイが呆れた顔を更に歪ませて、額に手を当てる。
ユーキは何のことかわからず、フェイの顔を覗きこもうとすると、脇腹に軽く手刀が叩き込まれた。軽く咳き込むユーキを尻目に、フェイは前に進んで襖を開く。
「まったく、近くにはメリッサさんも居て見張っていただろうに……。何でそのまま行かせたんだ」
「逆に聞きますが、ユーキさんにそこまでの行動ができるとでも?」
「うわぁ!?」
呟きに答えるかのように、襖の先にはメリッサが直立していた。
思わず二、三歩下がるフェイにメリッサは更に踏み込んで目を細める。
「私は、夜中、ずっと、警備を、していました。疲れていましたが、これもクレア様とマリー様の為と思い懸命に護衛をしていたのです。それを、まるで仕事を放棄していたかのように言われるのは心外でございます」
「す、すいません。そんなつもりで言ったわけでは……!」
「まぁ、流石に私も今回ばかりは意識を失って寝てしまったのですが」
「……いいのか? 仮にもうちのメイドの長だろうに」
無表情のまま、堂々と護衛をサボっていたことを宣言すると、そのまま頭に拳を当てる。まるで失敗を可愛く誤魔化すポーズをしているようだが、如何せんキャラとのミスマッチが半端ない。
その姿を見てクレアもフェイ同様、額に手を当ててボヤいてしまう。
伯爵当人も大分フリーダムな人間だが、類は友を呼ぶとでもいうのだろうか。部下も部下で大概である。そんな勇輝の考えなど関係なく、メリッサは一瞬でメイド長としての表情と姿勢に戻った。
「皆様。お食事の準備ができたようです。お部屋での食事も可能とのことだったのですが、時間の節約ということもあり、大広間にて食事を用意していただきました。警備の騎士たちも交代しながらの朝食となるため、申し訳ありませんが素早い移動をお願いいたします」
「あたし、さっきから腹減って仕方なかったんだ。ほら、アイリス、サクラ。魔力を使ったんだから、たくさん食べるぞ! ソフィ、早くお前も来いよ」
そう言うや否や、マリーはサクラとアイリスの手を掴んで真っ先に部屋を出て行く。
「相変わらずマリーちゃんは元気がいいですね。昨日の疲れが残ってるんじゃないかと心配して損しました。フランさん、私たちも行きましょう」
「あ、はい。そうですね」
苦笑いしながらソフィはフランを伴って廊下へと出て行く。それを見送った後、メリッサは若干表情を引き締めて、クレアへと向き直る。
「クレア様、お体の調子はいかがでしょうか。お食事はどうされますか?」
「あたしも行くよ。半日経っても反動はないし、ソフィもいる。万が一の時は大丈夫だよ。それにご飯が食べられないって、結構、拷問だからね。ほら、さっさと行くよ!」
クレアは襖の近くでぼうっとしているユーキとフェイに近づくと思いきり、その背中を叩いて前へと押し出す。
「いってぇ!? さっき言っただろ! 背中とかも滅茶苦茶痛いってさぁ!」
「知るか。さっさと行って、飯食って直せ」
「何で怒ってんの!?」
ユーキは更にもう一発喰らいそうになりながらも、寸でのところで避けて廊下へと進む。そのまま、文字通り逃げるようにサクラたちの後を追っていく。
「まったく、どうせならさっさと手を出しちゃった方が面白いのに」
「……僕は聞かなかったことにしておきますよ」
自分の寝ている部屋で夜這いを推奨するなんて、とフェイは本格的に頭を抱えそうになる。だが、「一周回って、今日もクレア様はいつも通りだな」と呟くことで、現実逃避をすることに成功したようだった。
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