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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第9巻 絡繰る先は女郎花

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微睡みの中でⅣ

 数十秒。たったそれだけの短い時間で移動できるところにある部屋が遠く感じる。

 一歩踏み出すごとに頭の中が霧がかかったように思考が途切れ、頭痛と眠気が数秒ごとに入れ替わって襲い掛かってくる。

 声にこそ出さないが、サクラも同じ症状なのだろう。サクラはユーキに、ユーキは壁に体重を預けながら曲がり角を抜ける。


「サクラ……何か、体だるくないか?」

「だい、じょうぶじゃ、ないと思う。このまま、気絶、しそう」


 お風呂に入っているときじゃなくて良かった、などと呑気に考えている場合ではなく、本気で廊下で眠ってしまいそうだ。消え入りそうな意識の中で魔眼を一瞬発動させるが、何か魔法を使われている様子はない。ただ純粋に体が休息を欲しているようだ。


「(それにしても、何で、こんな急に……?)」


 欠伸をしながら目尻に涙を浮かばせる。

 半目で視界の滲む中、その先に目的の部屋を見つけ出した。


「何だろう、すごく、重いし、眠い……」


 サクラの息遣いが荒くなる一方で、温泉で温まった肌は冷め始めている。人肌本来よりはまだ高いが、本人達からすると急に肌が冷水に浸かった感覚だ。意識せずとも更に体を密着させ、お互いの体温を逃がさないように動く。

 サクラは掴んでいた裾を手繰り、ユーキの胴体に両手で抱き着く形になる。ユーキもまた、左手をサクラの腰に回して抱き寄せて支えた。

 弱々しい足取りで何とか進むと、手の届くところにまで襖が近付く。あと少しというところで安心して、ユーキの膝から力が抜けそうになる。慌てて、壁に着いた手に体重をかけて、肩も使って何とか体勢を維持した。


「絶対、これ、なんかおかしいって」

「ユーキさん。あとちょっと……頑張ろう……!」


 傍から見ればまるで雪山で遭難したような様子だが、二人からすればそれに等しいくらいの危機感を抱いている。

 ユーキの手が襖まで届くとゆっくり開くことができた。廊下の魔法石の光が部屋の中へと差し込む。それに照らされ、中にいたマリーが寝返りを打った。


「んー……入るなら、早く入ってくれぇ」

「まぶ、しい……」


 アイリスもまだ意識があるのか、舌足らずな声で抗議する。

 そんな声に促されて、ユーキは慌ててサクラを中へと引っ張り上げた。ボーっとする意識のせいか、言われたことに対して、脳内の処理が全てそちらへと回される。

 襖をゆっくりと閉めて、目の前にあるだろう布団へとサクラを案内しようと一歩踏み出そうとして――――二人の足が縺れて、倒れ込む。


「(――――危っ)」


 思うよりも先に体が動いていた。体を反転して右腕をサクラの前に差し込む。布団にダイブする直前にサクラを胸元へと抱え込むことに成功した。


 ――――ボフンッ。


 幸いなことに布団は思ったよりもふかふかで衝撃も少なかった。鼻腔にいい匂いが流れ込んで来る。それが止めとなったのかは定かではないが、少なくとも、そこから急速に意識が薄れだした。思考するという行為すら許されず、闇に呑まれて消えていく。


「(やばっ……もう、立て――――)」


 瞼が開いている時間の方が閉じている時間よりも短くなる。そんな視界の中で映るのは、サクラの頭のシルエット。僅かに花のような香りが漂ってくる。昼間までいた妖精庭園(フェアリーガーデン)の花畑を彷彿とさせた。

 それを認識したら最後、意識が更に暗闇の中へと溶け出していく。最後に残った感覚はサクラを抱きしめる腕と胸の感覚だけになった。微かに揺れることから、安眠していることだけは理解する。

 その触覚すらも気付かない内に手放し、夢すら見ない暗黒の世界へと意識は導かれていった。睡眠とは不思議なもので、寝た瞬間というのは誰も知覚できない。

 ただ不思議とユーキの中に残っていたのは、疲れも頭痛もあるのに幸せであるという感情だった。

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