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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第8巻 深緑の妖精庭園

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束の間の休息Ⅴ

 ユーキが黙ったままでいることに不安を覚えのか、サクラの声が壁越しに投げかけられる。


「ユーキさん? もしかして、のぼせちゃった?」

「あ、あぁ、ちょっと久しぶりに熱い湯に浸かったからね。大丈夫、溺れてなんてないから」

「ふふふっ、溺れるなんて川じゃないんだから……っ!?」


 笑っていたサクラの声が急に途切れる。

 今度は逆にユーキが心配する番になってしまった。まさか敵襲だろうか、と警戒するが、すぐにそれがお互いに気まずくなるワードが出ていたことに気付く。


「(まぁ、川で水浴び中に――――見ちゃったからなぁ)」


 サクラの裸を見るどころか激突してしまったのは、流石にユーキも忘れてはいなかった。しかも、壁を隔てているとはいえ、お互い裸だ。余計に以前のことを思い出して恥ずかしくなるのは当然だろう。そうかといって、それを言及してしまえば余計に気まずくなる。ユーキに与えられた選択肢は沈黙しかなかった。

 白い湯気と冷たく感じる風の音だけが、自分の目の前を通り過ぎていく。


「そ、そういえば、サクラは和の国には帰る予定とかはある?」

「う、うん。一応、十二月と一月の半ばまでは冬休みに入るから一度戻ろうかなって思ってる。それに今回は魔法学園自体が閉鎖されたから、もしかすると帰って来るように実家から連絡がくるかも。そうしたら、もっと早く戻ることになるかな」

「そうか」


 ユーキの中で少しだけもやっとした想いが生まれる。

 和の国は確実に自分がいた世界における日本と同じ文化を持っているだろう。逆に言えば、自分の元居た日本と何らかのつながりがある可能性がある。もし、そうならばサクラと共に和の国に渡って、調査をするのも一つの手だ。

 ただ、その仮説には穴がある。日本とつながりがあるというならば、何故ユーキはこの世界に来た時に和の国ではなくファンメル王国に辿り着いたのか、という問題だ。はっきり言ってしまえば、ただのこじつけであり、願望だ。それでも良い、と何かに縋りつきたいという気持ちであることに気付いてしまったからには行動を起こさざるを得ない。

 そんなユーキの心情を知ってか知らずか、サクラは数秒の間を取った後、問いかけてきた。


「ユーキさんも、一緒に来る?」

「えっ……?」


 心でも読まれたかのような返答に、ただでさえ強い鼓動を刻んでいた心臓が跳ね、体が硬直する。

 姿の見えない壁越しのサクラがいるだろう方向へと顔を向けた。


「そ、その……フランさんと少し話してたんだけど、ユーキさんが失ったものって、やっぱり故郷の記憶とか、そういうものなんじゃないのかなって。だから、和の国に連れて行ってあげれば何か思い出せるかもしれないと思って。もしかして――――迷惑かな?」

「ち、違う。それは願ったり叶ったりって言うか。むしろ、サクラの迷惑なんじゃないか?」


 立ち上がって大きな声を出してしまった後で、ここが村の中にある宿であることに気付く。ゆっくりと風呂の淵に腰かけた。


「と、とりあえず、この話は風呂を出てからにしよう。ここじゃ誰が聞いてるかわからないからさ」

「そ、そうだね。ごめんなさい。私ったらうっかり」

「俺の方が変な話題を振ったんだ。気にしないで」


 再び、ユーキとサクラの間に沈黙が訪れる。先程とは違い、何分間も続く長い間だった。

 ユーキはおもむろに立ち上がると、少しばかり声を潜めて呼びかけた。


「サクラ。まだそこにいる?」

「うん。いるよ」

「俺は先に上がるよ。出口にある椅子の所で座ってるから、そこで落ち合おう」


 すっかり冷たくなってしまったタオルを手に取りながら告げる。

 サクラの同意の声を聞いたユーキはタオルを軽く絞る。冷たい水飛沫が脛に当たるが、今はそれが心地よくすら感じた。

 体を拭いて脱衣所へと戻ると自然と自分の頬が緩んでいることに気付く。両手で自分の頬を叩いて、自分に言い聞かせるように呟いた。


「絶対に、戻らなくちゃ」


 自分の心の中に潜む「こちらの世界へ残りたい」という気持ちを追い出すために。

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