食卓の剣劇Ⅲ
「そういえば……」
マリーは呟いた後にユーキに話を振る。
「ユーキはどこの出身なんだ。サクラは和の国の首都の学校を出たって……名前は忘れちゃったな。アイリスは、この都市出身って知ってるんだけどさ」
何気ない問いかけだったが、ユーキの心を揺さぶるには十分だった。自分はそもそも、この世界にはいるはずがない人物だ。サクラがいるため、下手なごまかしも通用しない。緊張で自分の鼓動が耳の奥まで響いているのが感じられる。
僅か数秒の迷いの末、ユーキは以前に使った言い訳を使うことにした。
「この都市に来る前にゴブリンに追われてね。頭を打った衝撃で、いろいろなことを忘れてしまったんだ。それこそ何を覚えていて、忘れているのかわからないくらいにね。和の国っていうのも、サクラと初めて会った時に言われて思い出したくらいだし、正直なところ自分がどこの出身なのかわからないな。実際、ギルドの登録のときにも出身地が記入されなかったし」
「えーと、その、ごめん。なんか言いにくいこと聞いちゃって」
食事の雰囲気を暗くしないよう、できるだけ明るく言ったつもりだが、マリーを筆頭に周りの若者勢(アイリスを除く)は、沈黙してしまった。
「……大変だったな」
「まぁ、その分、いろんな人に出会って助けてもらえたし、知らないことを知るっていう楽しみもあるから気にしていないさ」
フェイの言葉に頷きながら、ユーキは山場を乗り越えることができたとほっとした。ユーキの言葉に周りも若干、凍りかけていた空気が元に戻り始めたように感じる。マリーは、気まずい空気を何とかしようと慌ててほかの話題にするため、話を振り始めた。そんな、マリーの向こう側のルーカスと伯爵がユーキの目の端に入った。
「やは――――も、――――は見つけ――――ったという――――」
「あせら――とも――――はある。まだ――――はある――ら――」
少しばかり離れているのに加えて、喧騒のせいで二人の会話は聞き取れなかったが、表情から察すると真面目な話――――まるで商談の最中――――に思えた。一通り終わったのか、二人は食べ物を口に入れ始めたが、その時のルーカスの顔は、悲しみとも怒りとも取れない表情を浮かべていた。
「――――というわけなんだけど、ユーキはどう思う?」
「え、何が?」
マリーの声にふと、話を聞いていなかったことに気付いたユーキは慌てて返事をする。
「いや、だからさ。実家にいる父さんの執事なんだけど、毎年、見合いをしろって手紙と一覧を送ってくるんだよ。うざったいったらないぜ」
「んー。親心ならぬ執事心かもね」
「なるほど、執事心か……。言いえて妙だな」
フェイが隣から笑いながら頷く。聞けば執事の年齢は七十近いという、もしかしたら孫を早く見たいおじいちゃんみたいな心境なのかもしれない。
「おいおい、勘弁してくれよ。あたしはそんなことに興味はないし、それを言ったらクレア姉さんの方が――――」
「マリー、それ以上はやめておいた方がいい。最悪、地獄を見るでは済まないですよ」
「うぐっ……」
マリーのセリフにアンディが警告をする。確かに、女性の年齢と結婚に関することはたとえ同姓でも気軽に言うべきではない。そして、フェイとマリーは目から光が消え失せた顔で、体を小刻みに振るわせていた。
「僕は、本気で切れたクレアさんと相対して逃げ切れる気がしない……」
「あ、あたしも……」
まるで今にも死刑台に送られる囚人のように顔を蒼褪めさせる二人。
(マテ、一体何があった。いや、過去に何をやらかしたんだ)
「まぁ、若さ故の過ちというやつですよ。ハハハ……」
アンディが笑い飛ばしているが、二人の様子は明らかに異常だった。よほど怖い目にあったらしい。
サクラとアイリスの方を見るが、サクラも知らないようで首をかしげている。訂正、若干引いている。アイリスは食べるのに夢中で聞いていない。途中で運ばれてきた肉をサラダのレタスみたいなものと一緒に巻いて食べている。
「こ、この話はやめにしよう。せっかくの美味しい食事なんだ。もっと楽しんで食べよう」
「そ、そうだな。フェイの言うとおりだ。この話は終わり。そう、終わりだ」
二人の言動に会話に入っているメンバーで、唯一第三者視点での真実を知るアンディが苦笑する。それが伯爵が無茶を言った時の困り顔であるということにユーキが気付くのは、もう少し先の話である。
「ふむ、メインディッシュも終わっている。では、今年はデザートとして、アレが来るのかもしれませんね」
「あれって、なんですか?」
思わせぶりにアンディが呟いたので、ユーキが聞き返すと同時に背筋を刺すような寒気がした。
見れば先ほどまで騒いでいた騎士たちが沈黙してただ不気味に座っているのだ。しかし、その目は獲物を狙う猛獣の如く光を放っている。
思わず唾をごくり、と飲み込んだ。マリーとサクラが苦笑いしているのが非常に気になるが、ユーキは場の空気に飲み込まれて、それどころではなかった。
「さて、諸君。例年通り、今年もこの国では食べられない料理を味わってもらおう」
「はてさて、昨年は香辛料を多分に使った『かれー』なる食べ物じゃったが、今年は何か楽しみじゃ」
伯爵の王都の家では、他国の料理レシピを毎年買いあさり、国内で再現できそうな料理の中で最も完成度が高いものを、このホールで食べるのが恒例になっているらしい。
「――――今年の用意した料理はデザート! それはアレだ!」
伯爵が指で指し示す。その先にあった料理を見た瞬間、全員から声が上がった。
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