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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第8巻 深緑の妖精庭園

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束の間の休息Ⅲ

 風呂の前に辿り着いたユーキは、黒髪の大きな男とすれ違った。

 会釈して通り過ぎた後、それがこの宿の主人であることに気付く。異国の地で大変だろう、と思いながらユーキは脱衣所に入って服を脱いだ。

 流石にずっと森の中にいて、しかも歩くだけでなく戦闘もしたのだ。服を脱いだ後も、不快な感覚が纏わりついて仕方がない。

 魔法で脱いだ服を綺麗にするが、その瞬間にソフィに魔法を使わないようにと言われたことを思い出した。十を聞くとそのうち覚えているのが半分あればいい方、などと言われた幼少期を思い出すが、その癖が直っていないことに苦笑いを浮かべてしまう。

 魔法発動の媒介となる銀の指輪も指から抜いて、服の一つ下へと潜り込ませた。硫黄の臭いは感じないため大丈夫ではあるが、アクセサリーを身に着けて入浴する習慣はない。小さなタオルをもって、ユーキは温泉へと突撃する。

 木の扉を引いて目の前に広がっていたのは露天風呂。大小様々な石のタイルが敷き詰められ、左右十数メートルの風呂の向こう側には木でできた塀。更にその先には、あとひと月も経てば色が変わり始めるだろう紅葉の葉が青々と揺れていた。


「そういや、西洋にも紅葉ってあるん……だよな?」


 海外渡航経験のないユーキとしては、そういった海外の季節事情はよくわからない。それ以前にここは異世界なので、更に混乱をしてしまう。仮になかったとしても似て非なる知らない植物ということで済ませることにする。

 木の桶で何度かお湯をかけて、汚れを落とす――――と言っても、服を綺麗にするついでに体にも魔法がかかっているので二度手間なのだが、どうもやらないと気が済まない。

 肌の表面をお湯が流れ落ちると、筋肉が弛緩すると同時にまだどこかで凝り固まっている箇所が知覚できた。もう一度、湯をかけながら軽く空いた手で、その一部である肩を揉む。どうやら、クロウが手を当てていた肩甲骨のあたりから肩、首、そして右腕が異様に硬くなっていた。


「こりゃ、明日は筋肉痛かな。それとも架空神経痛なんていうのも、あるかもな」


 実際、初めての全力のガンドの時には腕が熱をもっていた。炎症で熱を持つというのは筋肉痛でもよくある。もしかすると架空神経も同様に朝になる頃には痛みを発するのかもしれないとユーキは予想した。

 肩を軽く回しながら桶を元の場所に戻すと、濡らしたタオルを頭の上に置いてゆっくりと足から湯に入れていく。夏の暑さとは違って、気持ちのいい湯の熱さに思わずため息が出た。

 今一度、周りを見渡すとよくできているものだと感心する。施設、設備はできるだけ和の国の形を再現する一方で、タオルなどの道具はファンメル王国の人間が違和感なく使えるように置き換えられているようだった。ここで宿を開こうと思った主人も色々と考えているのが伺える。

 目の前の湯から突き出た大きな岩から真上へと視線を上に動かすと、ほぼ真ん丸な月に薄く雲がかかり、微かに虹を作り出していた。幻想的な光景にユーキは、頭を冷たい岩に預けてしばしの間、ぼんやりとそれを見上げ続けた。


「早く、元の世界に戻る方法を見つけないとな……」


 既にこちらに来てから二ヶ月が経過しようとしている。もし、元の世界でも同じように時間が進んでいれば事件になっているだろう。教師という職も無断欠席という形になれば、解雇されていても文句は言えない。今更戻ったところで、元の生活には戻れないという現実が自分の心を揺れ動かす。

 こちらの世界ならば、既に大金を手に入れて生活する分には当分困らない。それどころか、このまま過ごせば相当な金を稼いで遊んで暮らすことも可能だ。

 冒険者たちが多いのも、一攫千金が夢のものではなく。地道な努力と調査があれば手にすることが可能であり、その成功例を何人も見てきているからだ。たった二ヶ月でそれの第一歩を踏み出すことができたユーキには、その気持ちがよくわかる。

 その一方で、常に命の危険が付き纏い、いくつ命があっても足りないという出来事にも遭遇している。可能なことならば日本という故郷で安全に暮らしたい気持ちがないわけではない。

 そんなことを思っていると自然と口から言葉が零れていた。


「母さん。元気かな……」

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