代用Ⅴ
これ以上は架空神経が限界だ。
そう判断したユーキは、右手の位置を調整して肉塊の中央。即ち、体幹部分となる右の脇腹辺りへと狙いを定めた。
動き出せば、やるかやられるか。その緊張感に手の照準が狂いそうになる。そんな中でふっと背中から感じていた魔力が急に消えた。
「お、おいっ!?」
思わず振り返るとクロウが地面に両手をついている。
ついに魔力切れが起こってしまったのかと不安になるユーキだったが、すぐにそれが間違いであることに気付く。魔眼には薄い緑の幕に覆われた漆黒の存在としてクロウが認識できていた上、その両手から地面へと魔力が流れ込んでいたからだ。
「念には念を、ってやつだ。それより気を抜くな。せっかく集めた魔力が拡散するぞ」
言われてすぐに手元に視線を戻す。
バレーボールくらいの大きさで安定していたはずの魔弾は、いつのまにか二倍に膨れ上がり、今にも破裂しそうな様相を呈していた。
息を止め、必死に魔力を押し留めると徐々に、大きさは元に戻っていく。
「さて……こっちも覚悟を決めないとな……!」
その声と共に、肉塊の目の前の土がボコボコと捲れ上がる。
時間稼ぎの拘束魔法かと思われたが、完成したそれにユーキは一瞬、何の冗談かと首を捻りたくなった。その一方でフランは、それに見覚えがあった。
「あの時の……土人形?」
エルフにクロウが変装して、妖精たちから逃げている時に作った土人形だ。
ただし、その大きさは逃走中の膝下程度の大きさのものとは違い大きい。それでも肉塊の足止めには一秒ももたないだろう。
「まったく、こんなところであの逃走劇が役に立つとは思っていなかった。ここから先はお前に託すぞ」
「俺が、いなくても、絶対お前だけで、倒せるだろ……!」
「さぁ、どうかな」
ユーキの嫌味を聞き流しながら、クロウは土人形へと魔力をさらに流し込む。
すると、先程まで姿を消していた妖精たちの声が聞こえ始める。それにティターニアが慌てた。被害を最小限に済ませようとしたのに、その保護対象が姿を表せば当然の反応だ。
「あ、あなたたち、何故、戻ってきたのですか!?」
「大丈夫だ。妖精の宿った植物をやられたらアウトだが、あいつ自身に妖精の体自体を攻撃する能力はないはずだ」
もう片方の足を完全に穴から抜き出し、両の足を地へと付けた肉塊は堂々と歩み始める。
それを見たクロウが嬉々として大声で叫んだ。
「おい、妖精たち。こいつがさっき面白いものを見せると言ったのは知っているな? こいつ自身がその余興になってくれるそうだ。思いっきり空にぶち上げてやれ!」
「――――なぜ、あなたがそれを!?」
ティターニアは衝撃を受けた。
大妖精として、この妖精庭園内で起きたことはある程度把握することができる。ユーキたちがショックを受けないようにとクレアが襲われた一部始終のことは黙っていた。
だが、自分ならともかく、侵入者であるクロウはその内容を知らないはずだ。それにハシシを解放した時にいた内容をなぜ他の妖精が知っているとわかるのか。疑問が次から次へと湧き出てくる。
「それは企業秘密ってことにしておこう。ただ一つ言えるのは、植物に宿った妖精である君たちは魔力の籠った土が大好物ってことだ」
妖精庭園に入る方法。逃走中になぜか場所を突き止める妖精たち。
フランの中で何かが繋がっていく。
「じゃあ、あの土人形を空中に吹き飛ばしていたのは……?」
「本人たちはできるだけ周りの植物に分けるつもりだったのかもな。いや、今はそんな話はどうでもいい。とりあえず、あの肉塊を上空に吹き飛ばせるだけの妖精たちが集めることができたのは事実だ。大妖精様は、こいつの魔法に魔力を与えるので忙しいみたいだし、お仲間に手伝ってもらうことにしよう」
クロウはそう言うと、もう限界だと言わんばかりに片膝をつく。
もう自分にできることは、ユーキのガンドの行方を見守ることだけである。そんな無言のプレッシャーをユーキの背中へと投げかけていた。
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