再戦Ⅲ
腹を押さえたクロウからとめどなく血が流れ落ちる。くぐもった声は苦痛を押し殺しているようにも見えた。
「おい、大丈夫か!?」
対立していたはずのユーキが、思わず声をかけるほどに異様な姿だった。そんなユーキの心配をよそに、クロウは傷口に拳を押し込むようにして体を丸めていく。
痛みか失血か。いずれにせよ、体の異常に耐え切れず背中が痙攣し始めている。それでも何とか呼吸を整えて、クロウは大樹から距離を離すように歩き始めた。
「お前ら、よく聞け。今から俺に向かって、最大火力の魔法を放て」
「な、なにを言ってるんだ……?」
フェイが戸惑いの表情を浮かべる。
いくら再生能力があるとはいえ、あそこまで弱っている状態の様子を見せつけられたら、只では済まないことが容易に想像できる。それを自分から言いだすとは何事か。罠ではないかと疑ってしまうのも無理はない。
「今、ハシシが目覚めて、クレアたちが襲われた……。このままではあちらは全員死ぬしかない」
唐突な出来事に理解が追い付いて行かない。それでも、クロウが不味い状況を打破しようとしているのは伝わった。
「それで、お前はどうするつもりなんだ?」
「転移魔法でハシシだけをこちらへ呼び出す。そうしたら、魔法をありったけぶちこめ」
あの鳥のように軽やかに動いていた体が、今はもう鉛のようにすら感じられる。それほどまでに、クロウの動きは鈍重になっていた。血痕を残しながら、何とか距離を取る。
「奴の再生能力にも必ず限界はある。問題はそれを上回る火力を出せるか、だ」
継続的にダメージを与え続けるという方法もあるが、その場合、ハシシの抵抗によって妖精庭園が破壊される恐れすらある。短期決戦で一気に高火力を叩きこむことがクロウの提示した作戦だった。
「……姉さんは無事なのか?」
「ふん。本来なら死んでるはずだったがな。さっき妖精に襲われた時と同じで、俺が全部肩代わりしてやったさ」
その言葉を聞いて、マリーやサクラたちはクロウの仮面を見た。
白い仮面には、まだ拭ききれていない乾いた血がこびり付いていた。
「もしかして、頭からの流血は……」
「私たちをかばって……?」
サクラは和の国の魔法を思い出す。
病気や災難などを人形に肩代わりさせる術式。悪意をもって使った場合は、丑の刻参りなどの呪いに使うことも可能だ。
では、もし、この人形に本物の人間を当てはめてみれば――――。
妖精に追われながらクロウが土人形を何度も作っていたのは、妖精の囮に使うためではなかったのだ。
「あれは、自分を依り代の人形に見立てるための、儀式……!?」
本来の儀式魔法はそれなりの準備を整え、時間をかけて行うもの。更にその対象となる人間の部位などを埋め込むことが必要だ。
しかし、それをクロウは土人形を作り、一つ一つに全員の魔力を認識させて、それを自分に移し替えるという高度な技術を使っていたと推測できる。加えて、あの短時間で移動しながら行うというのは、神業に近いものがある。
断片的な手がかりから、可能ではあるだろうと推測したサクラだったが、あまりにも人間離れした行動に唖然としてしまった。
だが、実際に再生能力をもつクロウが流血しているということは、他人が受けた怪我を請け負う場合は再生できない、という条件があるとすれば納得できる。
そんな条件すらなければ、どこかからスライムのような生き物を見つけてきて、身代わりにするだけで無敵人間の出来上がりになってしまうことを考えれば、当然の縛りだろう。
もう我慢できないと言わんばかりに、苦しげな声がクロウの口から漏れた。
「いいか……? いくぞっ!」
地面に散らばった血液たちが、クロウの足元へと近づいていく。近づくにつれ体積が明らかに増え、大きな血だまりを形成した。
「ちょ、ちょっと、待て! 今から詠唱するから!」
慌てて、マリーたちは詠唱を始める。それを尻目にティターニアとソフィアは視線を交わすと、魔力の出力を高めていく。
刃のような無数の葉もサイの突進のような衝撃を生み出す水球も効果が薄いと判断したのだろう。そこには収束した魔力の塊が生み出されていた。
「それは……」
ユーキが驚愕の表情を浮かべると二人は微笑む。
「ちょっと、あなたの技を真似てみました」
「ああいう相手には、意外とこっちの方が効いたりするかもしれませんから」
魔眼を開かずとも見える二人の魔力の塊は、かつてユーキが放ったどのガンドよりも魔力が込められていた。ごくり、と唾を呑み込んだ後、ユーキもまたガンドを放つ準備をする。
結局のところ、自分が何を失っているかはわからないが、ここで死んでしまえば、それすらも意味をなさなくなる。次の瞬間へ命を繋ぐため、ユーキもまたガンドへと送り込む魔力を無理矢理増やす。
各々の準備が整ったのを確認したクロウは、ゆっくりと見回した後に頷いた。
――――準備は、いいか?
そう言わんとしているのは全員が理解できた。
言葉も動作もなく、先程まで対立していた者たちが一瞬で心を通わせた瞬間だった。
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