剣閃煌くⅥ
首を斬られること四十二回。腕が飛ぶこと十三回。喉を突き刺されること四回。結局のところ、油断も慢心もないフェイの前に、ユーキは倒れ伏すこととなった。
「もう……無理」
「何を言ってるんだ。まだまだ、これからじゃないか」
時間としては、あまり経過していない。しかし、試合をしている側からすれば、すでに一時間以上戦っているような錯覚に陥り、性も根も尽き果てた様相を呈していた。
そんなユーキとは対照的にフェイの方は余裕そうではある。
「お楽しみのところ悪いのですが、早朝訓練はここまでです。ユーキ殿は、どうされますか。午前の訓練は二時間ほど後になりますけれども」
「申し訳ないけれども、遠慮させていただきたい……です」
口から魂が抜け出ているような状態で、何とかアンディへ返事をする。
「ふむ、フェイ。楽しいのはわかるが加減してやれ。これでは、俺が楽しめないではないか」
「伯爵。流石に今の彼では厳しいかと……」
「……むぅ」
アンディの言葉に伯爵がフェイを嗜める――――ところまでは良かったのだが、嬉々としてユーキと戦いたいという様子を見せる。アンディが止めなければ、間違いなく戦わされていたであろう。心の中で、ユーキはアンディに感謝しながら息をつく。
「まぁ、いいだろう。確かに木剣で両断しちまったら後味悪いからな」
(この人、何おかしなこと言ってんだ?)
アンディ、ユーキ、フェイの心が一つになった瞬間だった。
しかし、伯爵の雰囲気からできてもおかしくない、と感じてしまうあたり、もうダメなのかもしれない。ユーキの脳裏には防御に回した木刀ごときれいに真っ二つにされる姿が浮かんだ。
気付けば背中が震えていた。背中を伝う汗は今、この瞬間に溢れ出た冷や汗に違いない。
「さ、流石は伯爵。達人は得物を選ばず、とも言いますからね」
「あぁ、俺の場合はたまたま剣と相性がいいだけだからな。最悪、槍でも斧でもやれる。あぁ、そうだ――――」
(その『やれる』という言葉、漢字にすると危険そうな文字に早変わりしそうだ)
引き攣った顔で伯爵を褒める。幸い、その顔を伯爵には見咎められずに済んだが、フェイからは睨まれてしまった。伯爵と出会ったのは昨日なので、少なくとも、それより長く接している二人は流石というべきか、心の中ではユーキと同じことを思っているようだが、微塵もそんな雰囲気は顔には出ていなかった。
「ユーキ。流石に驚いたかもしれないが、こんなことで驚いてたら命がいくつあっても足りないぞ」
「ばっか、こんなこと聞かされて表情に出ない。お前らがおかし――――毒されてんだよ!」
伯爵がアンディに何か話をしている隙に、ユーキはフェイと共に距離を取り、背中を向けて話し合う。口元に片手をあて、伯爵を片目で窺う様子は、目の前で伯爵がぶっ飛んだ発言をしたがために起こった内緒話にしか見えない。
「あぁ、また何か言ったのか。新人が固まってるぞ」
「どうせ、でたらめ様のドッキリ発言だろ? あるある、日に三回はあるんじゃないか?」
そんな声がどこからかユーキの耳に届く。頬を引き攣らせるユーキだったが、よく見ればフェイの方も頬が小刻みに痙攣していた。
「――――とにかく、だ。伯爵の言葉は真に受けるな。たぶん、実際はできるかもしれないけど、その時はその時だ」
「フォローになってねぇって。さっきの事実だったら、死んじゃうぞ?」
「大丈夫、たぶん、プロパブリー、メイビー、パッシブリー」
「おい、大丈夫な可能性がどんどん低くなっているのは気のせいか!?」
「おーい。二人とも、そんなところで何してるんだい」
目をそらし気味に答えたフェイに、ユーキが詰め寄ろうとしたところでアンディから声がかかる。慌てて、駆け寄ると伯爵が口を開いた。
「とりあえず、少年。短い時間ではあったが、ありがとう。また今後も参加してくれるとありがたい」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。得難い経験をさせていただきました」
「今度、魔法学園のルーカス先生と食事をしたいと思っているんだが、良かったら一緒にどうだ。娘の友人も誘っていこうと思っていたところなんだ」
「貴重な家族の時間を邪魔してしまいますが……」
「飯を食うのは人が多い方がいい。そういうもんだ」
ユーキは迷った末にアンディを見る。すると彼は小さく頷いた。横にいるフェイも微妙に位置を変えながら首を縦に振っている。
どうやら、この話には危険はないようだ。
「わかりました。では、参加させていただきます」
「うむ。恐らく、今晩になると思う。迎えを行かせるから、宿で待っていてくれ」
そういうと伯爵は踵を返して、アンディを連れて鍛錬場を颯爽と出て行った。後に残されたユーキとフェイ。ユーキは誰にも聞こえないように小さな声で尋ねた。
「普通の晩御飯……だよな?」
「さぁ、どうだろうね?」
一抹の不安が過ぎるユーキであった。
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