追撃Ⅵ
妖精庭園の中は数多くの大木が育ち、様々な花や草が育っている。
しかし、目の前に広がる光景はそれとは一線を画していた。
今まで見た中でも見たことがない巨木が一本、そこに鎮座していたのである。本来の森で植わっていたならば、間違いなく森の外からでも確認ができただろう。葉は青々と茂り、魔眼でなくても大樹自体が発光しているような錯覚をしてしまう程だ。まさに妖精庭園の主を思わせるような佇まいに、これがティターニアの本来の姿なのだろうと誰もが直感で理解できた。
主の真の姿を祝福するかのように鮮やかなものからくすんだものまで、色とりどりの花が地面に咲いている。
「ここが真の妖精庭園です」
「本当の妖精庭園? じゃあ、今までのは?」
「あれは対侵入者撃退用の空間です。もちろん、妖精庭園の一部ではありますが、ここほどではないでしょう。ここに満ちる魔力の密度は、外界に比べるとその数倍はありますから」
サクラたちは自分たちの体に圧し掛かる圧というか、気だるくなるような重さに覚えがあった。
「これ、ユーキさんを助ける時に入ったリリアンさんの部屋みたい」
魔法学園の保険医であるリリアン女医がいる塔。その部屋は高密度のマナで満たされ、体内の魔力を活性化させなければ、動くのも難しかった。
「本来ならば、人間が入ると気絶したり、吐き気を催したりするほどです。私の方でみなさんには負担がかからないようにしていますが、それでもかなり苦しいはずです。あまり無理はなさらないように」
「なるほど。俺が最初にここに連れてこられなかったのも、そういう理由か」
保護した人間が目覚めた瞬間、嘔吐し始めるなどこの風景に似つかわしくなさすぎる。そんなものはいくらティターニアと言えども御免だろう。最悪の場合は、どこかの童話のお姫様よろしく誰かに起こしてもらわない限り、二度と目覚めることができないなんてこともありえそうだ。
「……いた」
アイリスの呟きを聞かずとも、花々が乱れ咲くこの場において、クロウの姿はあまりにも浮き過ぎていた。黒いローブを翻し、ユーキたちの方へと向き直る。
「何だ、追いかけて来たのか。てっきり、ハシシの奴を警戒して放っておいてくれるかとも思ったんだが」
「お前の下らない作戦なんかに誰が嵌ってやるかよ。いいか、こっちは――――」
「マリー様。話がややこしくなるので、少し黙っていてください」
喧嘩を吹っ掛けそうな勢いだったマリーをメリッサが宥める。
その様子に戸惑う様子はなく、クロウはそのまま話を続けた。
「メンバーを見ると、封印の魔法が使えそうなクレアとその護衛の為に騎士たちを全員残してきたってところか。隊長のあんたも大変だな。ガキの御守をしなきゃいけないとは」
「別に苦はないですよ。まぁ、ときどきしばき倒したくなる時はありますがね」
さらりととんでもない発言をしたアンディにマリーの目が丸くなる。そのまま、メリッサの方へと顔を向けると、何をいまさら、という表情に遭遇する。
彼女が驚いている間にも、クロウとの会話は進んで行く。
「あんたらの為にも、今日のところは帰っておいた方がいいと思うんだが、そう簡単に帰ってはくれないよな?」
「当然でしょう。その少女をあなたがどのようにして保護するのかわかりませんし、少女の身元だけでもはっきりさせておかねばいけませんから」
「安全第一って感じの隊長さんの意見じゃないな。そんなことを言いだしそうなのは、そっちかそっちのお嬢さんってところか」
クロウが指差す先には、サクラとフランがいた。
指を差されてフランが前に進み出る。杖を持つことなく、堂々と立つ姿にクロウは疑問を呈した。
「……俺が攻撃するって可能性は考えないんだな」
「はい。そうする利点がありませんから。やるなら最初からやっているでしょう?」
「なるほど、それはそうだ」
納得がいったのか大きく頷いて、いつかの時のように大きく腕を広げる。
「じゃあ、その上で質問だ。君は俺に何を求めている? 俺の言葉だけでは信用できないから追いかけて来たんだろう?」
戸惑うでもなく、悲しむでもなく、嘲笑うでもなく、そこにはただ純粋に気になったことを聞くというストレートな感情が込められていた。
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