追撃Ⅳ
感情や感覚と言われユーキは冷静に考える。
感情ならば喜怒哀楽。
ここにいる仲間と再会できた時は嬉しかったし、逆に一人きりの時には悲しくもなった。ハシシと呼ばれた男に対して恐怖を感じたが、襲われた時に怒りの感情もあったように思える。
唯一、楽しいと問われると疑問に思うが、ここに連れてこられるまでは馬車での旅を満喫していた。
感覚に関しては問題がない。見えるし、聞こえる、味もわかるし、匂いもあれば風が肌を撫でる感覚も残っている。
「うん、大丈夫だ。感情だって、感覚だって特に問題はない。記憶だって、王都に来る前の村の記憶からはしっかり残っている」
「おかしいですね。少なくとも、私たちはそういうことを感じたはずなのですが……」
もちろん、自分がこの世界に来る前にどのような所に住んでいて、どんな暮らしをしていたかも鮮明に覚えている。だからだろう、それ以外の自分の何かがいつの間にか消えている、と言われれば不安に駆られるのはユーキ以外でも同じの筈だ。
近くにいたフェイもどこか不安そうに見守っている。
「あなたが指先から魔力を放つとき、その大切な物も一緒に出て行ってしまっているように見えたのです」
「だから、俺にガンドを使うなって言ったのか……」
通常とはかけ離れた威力を放つガンド。冷静に考えれば、魔法のまの字も知らなかった人間が、いきなり城の結界を破壊できるレベルのガンドを放てるはずがない。
本来ならば血の滲む様な鍛錬が必要とされるのは明らかだ。それを経ずに魔法を放つ対価として、自分の何かが失われているとするならば、あり得ない話ではない、とユーキは自分で納得できてしまった。
「もし無くなっているとして……それは二度と戻らないものなのか……?」
「どうでしょう。戻ることも有れば、戻らないものもある。それは失ったもの次第だと思います」
ユーキの顔がいつの間にか血の気が引き、青白くなっていた。
このままガンドを使い続けたら、自分が自分でなくなる。そう思った瞬間、ガンドの予備動作すらも恐ろしく感じて、魔力を巡らせることすら躊躇してしまう。
「ユーキ、落ち着いて」
「アイリス……?」
「大丈夫。ユーキはユーキ。それさえわかっていれば、他のことはなんとかなる……多分」
「……多分じゃ、困るんだよなぁ」
最後にぼそりと付け加えられた言葉で、がくりと来てしまうユーキだったが、どこか気が楽になったように感じる。
「安心しろ。もし、何か忘れたら、その頭をぶったたいて思い出させてやるから」
「やめろよ。もっと忘れちゃうだろう!?」
「楽しく話をしているようですけど、少し口を閉じた方がいいかもしれませんよ。どうやら追い付いたようです」
アンディが会話に割って入る。
追い付いたの一言が、全員の警戒度を一気に引き上げた。木々が邪魔しているが、遠くに微かに黒く動くローブを視認できる。間違いなくクロウだろう。
「少しお聞きしてもいいですか? この森の妖精全員を呼び出せば、彼に対抗できるのでは? 先ほども、額から血を流していたようですし」
「この森の中で動ける妖精は確かにいますが、その……気まぐれでして」
「なるほど、大妖精だからと言って他の妖精を全てコントロールできるわけではない、ということですか」
アンディは不安げな顔で前を見つめる。
その横顔を見て、勇輝もまたその気持ちが理解できた。クロウはまだ奥の手をいくつも隠しているように思えたからだ。
近接格闘戦に特化しているのかとも思えば、高難易度の魔法もいくつか使える。それも和の国の術式ではなく、ファンメル王国独自の術式で、だ。
この国に逃亡してから学んだのか、その前から学んでいたのか。誰にもわからないことだが、どちらであろうとも脅威なことは事実だ。
今この瞬間にも、攻撃魔法を遠距離から多数放って来るのではないかとユーキたちは戦々恐々としていたが、幸運にもクロウはこちらに攻撃を仕掛けてくる様子はなく、ひたすら森の奥へと進んでいるように見えた。
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