剣閃煌くⅣ
防具無しの寸止め試合。ユーキは構えはしたものの、その状態のまま動かずにいた。そもそも、動けないでいた。
(あー、当たったら痛いだろうな。対人戦なんてまともにやるの初めてだし、どう攻めていいかわからないし、何かすごい必殺技みたいなの繰り出してきそうな構えだし、もうちょっとイージーモードじゃダメなのか?)
フェイはユーキの攻撃を待っているのか微動だにしない。呼吸をしていないと錯覚するくらい剣先は、ユーキに向けられたまま石像のように固まっていた。自分を射抜く視線は鋭く、ユーキは視線を逸らしたい気持ちでいっぱいになる。
その雰囲気に呑まれ、まるで心の内を読まれているようにユーキは感じた。
(牛の角のようなあの構えだと突き。或いはいなしてからのカウンターか。正直やりにくいな)
切っ先が自分に向いているせいか、剣の長さがいまいちわかりにくい。もちろん、フェイにも同じように切っ先を向けているので、相手からもユーキの刀の長さはわかりにくくなっている。そうこうしながらもユーキは摺り足で距離を詰める。その途中でフェイの声が聞こえた。
「無策に飛び込むほど馬鹿ではない、か」
「あぁ、だけど、このままじゃ、試合にならない。やられる覚悟でいかせてもらうよ」
「いいだろう。受けてたとう」
言ってからユーキは失言だと気付く。これで自分から攻め込まなくてはいけなくなった。冷や汗が背中を伝うが、覚悟を決めて剣の左側面へ切っ先を一瞬触れさせる。
僅かな感触が手の内に伝わって来た。一拍おかずに振り上げながら弾いて前に出る。
狙うは面。すなわち頭部への振り下ろす一撃。そのままガラ空きの頭部へ木刀を加速させようとして気付く。相手の剣が既に戻っている。
(違う。構えが左右逆転している!?)
先ほどまで右肩から伸びていた剣は、いつの間にか左肩から伸びユーキの左側頭部を捉えていた。
「ある意味では予想通りの動きだったね。まぁ、こっちは少しだけズルをさせてもらったけれど」
「ズル……か?」
「君はさっきからずっと同じ素振りしかしていなかった。フェイクかと警戒していたけど、そのまま正直に頭部狙いで来たから予想は着いたさ。それにこちらはロングソード。君の武器より長い。一歩引けばこちらが当たって、そちらは当たらない。まぁ、下がってなかったら先に喉か胸に突き刺さっていたから、どっちにしても同じだろうけど」
お互いに武器を下ろして話をする。ユーキは当たってもいない左側頭部が焼け付くような痛みが走る感覚を覚えた。
「悪くは思わないでくれ。情報収集も戦いの内ってことさ」
「……あぁ、そうだな」
ユーキはフェイの言葉に言い返す気力もなかった。例え、練習でも「負けた」という烙印は男として悔しい以外の何物でもない。
そして、もう一度挑んでも返り討ちに会うだろう。それでも、ユーキはフェイに提案した。
「もう一度、やらないか?」
「え……っと、他の人がいいなら構わないけど」
そう言ってフェイは周りを見渡した。周りの人は顔を頷かせて承諾する。伯爵もニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「構わん。やれ。その方が俺は楽しい」
前言撤回。意地の悪そうではなく、まさに意地の悪い笑みだった。一人称も変わり、地が出ているのがわかった。よくよく考えれば、その笑みもどこか娘のマリーと似ている気がしないでもない。
ユーキは再戦のために元の位置に戻りながら、頭の中を整理していく。
(武器は相手の方が長い。こちらと違って、剣の先はどちら側が当たってもアウト。共に鍔ありの練習剣だから鍔迫り合うことはできる。さっきの技は手元で剣を引くと同時に足も引いて攻撃範囲から逃れながら、俺の攻撃を躱してカウンターにしていた。相手の方が技術は上。だとするならば、こっちも少しどころか大幅にズルさせてもらっても大丈夫だろう。そうでもしないと勝負にならない)
結論を出してユーキは、瞼を閉じて深呼吸をした。次に瞳を露わにした時、そこには異色の世界が広がっていた。
(魔眼による先読み。少なくとも、これで防御と回避は何とかなる、か)
フェイの体を包む緑色の光を捉える。光が揺れ、それに若干遅れて実際のフェイの肉体が追いつく。
かつて矢を迎撃した時も光が先に動き、本物の物体が後から届いていた。それならば、今この試合でも同じような現象が再現できるかもしれない。
試してみた結果は上々。ほんの少しだけではあるが、光でフェイの動きを先読みできそうだ。
フェイは運動がてらに柄と剣身を握って、上半身を回して伸ばしていた。もう一度、ユーキは木刀を握り、フェイへと向ける。
伯爵が笑みを消して再び合図を出す。ユーキはせめて一合でも多く切り結べるように願って、木刀を軽く握りしめた。
(――――何だ。こいつ!?)
フェイは内心で焦っていた。
一戦目は相手の出方を見るため守りに回った。その為、二戦目は自ら攻めに転じてみた。
太陽あるいは天の型と呼ばれるオーソドックスな攻撃の型。刀をやや垂直気味に右肩前へ担ぎ、そこから相手に肩から腰までを斬りつけやすい構えになっている。しかし――――
「くっ……はっ!」
「ふっ!!」
――――|既に七度も連続攻撃を放っているのに、その全てが弾かれた。先ほどまでの優位性を覆され、剣と刀が当たる度に焦りが増していく。
フェイの剣術は連続攻撃を主体としている。それはすなわち、あらゆる攻撃が本命であり、次の攻撃につなぐためのフェイントでもあるのだ。しかし、その尽くを弾き返したり逸らしたりできるということは、攻撃を敵に読まれていることに他ならない。先ほどまでの攻防とは明らかに異なる展開に周りも目を見開いていた。
(本来なら組み付き技に派生するが、寸止め前提の試合だから使うわけにもいかない。純粋に剣のみで戦わなければ……)
袈裟斬りが防がれれば、鍔を軸に側頭部を狙う斬撃に。側頭部が弾かれれば胴や手首へと攻撃をつなげる。左右交互に繰り出すこともあれば、しつこいくらいに同方向から攻める。だが、それすらも防がれる。数にして十三を超えた辺りで、フェイは一度距離を取った。
それに対してユーキは追わずに正眼の位置に戻す。肩が揺れているあたり、かなり息が荒くなっているのがわかる。フェイはそんなユーキと視線が合った。
「――――」
「お前……!」
笑っていた。嫌味だとか、そういった負の感情は籠っていない。純粋にこの剣戟を楽しんでいる。今度はフェイが冷や汗を噴出す番だった。
(このまま防がれるのは癪だ。次の連続技で決める)
そう決心してフェイは再び剣を天へと向ける。
相手の左側頭部への水平切りに見せかけて、弾かれたところを反対側最短距離の右側頭部――――ではなく、胴へと叩き込むことを決めた。最短最速が最善ではない。時には最善が悪手になることもあり得る。それが戦いだ。
呼吸を整え、剣を軽く握り直す。距離を少しずつ詰めると、ユーキも同じように距離を詰めて来た。わずか数秒、フェイの間合いに入った瞬間にユーキの動きが止まった。次いで、ユーキの左手がわずかに握りを甘くした動作を、フェイは見逃さなかった。
「はぁっ!」
即座に右足を踏み出すと共に、フェイントとなる一撃目を放つ。同時にユーキが右足をまっすぐ前に踏み出した。
(かかった!)
フェイが捉えていたユーキのもう一つの弱点。
それは剣道特有の右足で必ず前方に動き、左足が前に出ないこと。フェイの放つフェイントに対するカウンターは当然存在する。その中で、最も簡単なものが右斜め前に動きながらフェイの左手首を薙ぐこと。
しかし、ユーキは既に右足を踏み出してしまっているため、これは不可能。従って次に考えられるカウンターが、一戦目でフェイが構えた牛角の型だ。正眼から左手をそのまま引くように左肩まで上げて肩から上への一撃を防ぎ、そのまま突きや跳ね除けて斬り付けられればピンチに陥る。仮に防げたとしても、フェイが後手に回らざるを得なくなる。
一気に決着をつけるべく手首を返し、ユーキの右の胴を狙う。ユーキに触発されて昂ったのか。フェイの剣速は今までで最高の速さに達する。しかし、フェイ自身はその速さに強烈な違和感を感じていた。
(――――違う。こんなに早く手首を返したつもりは!?)
フェイの剣が左方向に流され、気付けばユーキの刀が喉元へと突きつけられていた。その刀の柄を右手で握ったまま、峰には左手が添えられている。
フェイは自分の頭の中で起こったことを思い返していた。一撃目をユーキは先程の持ち方のまま、右手が頭の上に、切っ先が左下に来るようにして左側頭部をガードしていた。そして、刀に剣が当たった瞬間に、その剣を逸らしながら切っ先をフェイの喉元へと突きつけた。
その動きにフェイは少しだけ心当たりがあった。
「僕の使う剣術と同じ技……だと!?」
フェイの顔には驚愕の色が浮かぶ。対してユーキは大きく息を吐きだした後、その場に座り込む。勝ったはずなのに、その顔は別の色で染まっていた。そして、呟く。
「――――もう無理。吐く」
「はあぁぁ!?」
自分に勝った男は、こともあろうに勝敗だとか互いの健闘を称えるだとかをすっ飛ばして、朝食をこの場でリバースしようとしているのだ。
フェイからすれば、いや、周りの誰からしても迷惑極まりない。フェイはユーキの手を引くと、伯爵に断りを入れて、ユーキを鍛錬場の広場から引っ張り出す。
「ちょ、引っ張るな。出る。出――――」
「わああぁぁ。馬鹿、ここ王城だぞ!? ここで出したら、絶対許さないからな。君を一生恨んでやる。早く、こっちに来い!!」
鍛錬場の廊下を走り去る姿を見て、伯爵は大笑いする。周りの者も笑いに誘われそうになりながら、何とか苦笑いに抑えて、次の試合の準備を始める。
鍛錬場に木剣がぶつかる音が響く中に、フェイの叫び声が木霊した。
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