四つ巴Ⅲ
緑色の葉がはらりと落ち、ゆっくりとユーキの目の前を通過していく。
「話、だって?」
「えぇ、だってあなた。放っておいたら、今すぐにでも消えてしまいそうなんですもの」
先程まで朧気だった記憶の中の女性の顔が鮮明になってくる。
金髪に草の冠、白い衣装に、太陽に翳した葉のように透き通った瞳。そして、瞬きしたら見えなくなってしまいそうな半透明な羽。
「あなたは一体……!?」
「ティターニアよ。種族のことを言っているのならば妖精。一応、大妖精っていう部類に入るのかしら?」
「大、妖精?」
目の前のティターニアと名乗った女性の言っていることを理解するのに、ユーキはしばらく時間がかかった。何があったかはわからないが、どうやら自分はこの女性に連れ去られたということを認識した瞬間。霧散しようとしていた魔力が再び指先へと収束し始める。
「あなた。それはやめておきなさい。後戻りができなくなるわ」
「……それは自分がやられるからか?」
「いいえ。むしろ逆よ。あなたが壊れてしまう」
二人の間に短くない沈黙が流れる。ユーキは意味を理解するために、ティターニアは相手の反応を待つために。
やがて、沈黙に耐え切れなくなったユーキが口を開く。
「俺は……別に怪我も病気もしていない。至って健康だ」
「そのようね。私にもそう見えるわ」
「じゃあ、何故?」
「そうね……あなたは息を吸っているでしょう?」
急に話の流れが見えなくなったが、ユーキはとりあえず素直に頷いた。
「でも、その息の中に何があって、どうして吸っているのかを理解しているかしら」
酸素を取り入れて、体を動かすためだ、と言いたくなるがそれを堪えて目線で先を促す。
「生まれたときから、生きるために必要だから息をしている。そうでしょう?」
「つまり、感覚的なものだと?」
「そうとも言えるわ」
マリーの実家で読んだ本の知識が蘇ってくる。妖精は大自然の魔力自体から生まれた精霊とは違い、植物の意思が魔力によって実体を生み出した姿であると言われている。
存在自体が魔力や意思という物から構成されている以上、自分たち人間よりも感覚的なものに関しては敏感なのかもしれない。ティターニアの言っていることに少しばかり信憑性があると感じたユーキは、魔力を僅かに指先から解き放った。
「何で、俺はここにいるんだ?」
「そうね。最初は、私の姿が見える面白い人がいるなって思ったから連れて来たのよ」
「……はた迷惑な」
「でもね。他の妖精の子たちがずっと騒いでいたのよ。迷子がいる迷子がいるって。そうでなければ、あなたを見つけ出すことはできなかったわ」
頬をぷくりと膨らませて、腰に手を当てる。初めてここで、人間らしい仕草をティターニアが見せたせいか、ユーキの中にも話をもう少し詳しく聞いてみようという気持ちが生まれる。
「迷子っていうのは?」
「あなた。大切なものを無くしていない?」
「…………」
大切なもの、と言われて真っ先に浮かんだのは平穏な日常だろう。自分の住む世界そのものを失ったといっても過言ではない。自然とユーキの口から、言葉が漏れ出ていた。
「故郷を――――失ったかな」
元の世界に帰る方法なんて見当もつかない。その言葉は嘘偽りのない本心だった。どっと望郷の想いが溢れてきて、涙目になりそうになる。そんなユーキにティターニアは首を振った。
「それよりも、大切なもの。本当にわからないの?」
「故郷よりも、大切な――――?」
それ以上の何があるというのだろうか。ユーキの中で疑問が膨れ上がっていく。だが、それを考えている内に何か喉元まで出かかっていると錯覚するほどの感覚に襲われる。何か決定的に、致命的な何かを見落としていることに気付きかけていた。
「俺は――――」
それに手を伸ばし、掴みかけたその時、大地を揺るがす轟音が響き渡った。土砂が舞い、大木が幾本もなぎ倒されていく。
腕を上げて顔を庇ったユーキの耳に野太い男の声が届いた。
「――――何だ。運がいいな。早速、目標発見ってか」
土煙から現れたのはガタイのいい茶髪の大男。その姿にユーキは見覚えがあった。
「……お前は、アルトを襲撃した時の!?」
「ほう……あの時にいたガキの一人か」
聖女アストルムの護衛に潜り込み、暗殺を企て体中を穴だらけにされ、フェイに右手首を斬り落とされながらも逃亡した犯人だった。
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