四つ巴Ⅰ
無重力とも浮遊感とも表現しがたい感覚に襲われていたのは数秒だったか、はたまた数分だったか。或いはもっと長かったかもしれない。ただ視界の遮られた状態で、自分がどのようにしているのかわからないというのは日常では体験できない恐怖に駆られるだろう。
声にならない悲鳴を上げていたと思った一行は、ふと自分の体が地面の上に横たわっていることに気付いた。
「……良かった。何とか生きてるぞ」
サクラは自分の真後ろからマリーの声が聞こえることに気付いた。
辺りを見回すと騎士や他の女子メンバーが起き始めたところだった。
「どうやら……無事のようですね」
「アンディ隊長。チャド殿以外全員いるようです。まだ、気を失っている者もいますが」
「そうですか。生きているならいいでしょう。起こしてあげてください」
「はっ!」
騎士たちの声を聞きながら、フェイがマリーたちへと駆け寄る。
「マリー。それに他のみんなも大丈夫でしたか!?」
「あぁ、こっちはな。フェイの方も大丈夫か?」
「何とか、かな。ちょっと、あちこち痛いけど、打ち身よりはマシだよ」
森の中など普通はどこにいるのかなんてわかるはずがないが、何となくサクラは自分のいる場所が、妖精に追いかけられた場所とは違うのだと感じていた。
「サクラ、大丈夫?」
「うん。アイリスちゃんも無事でよかった。あっちではクレアさんとフランさんもいるみたいだし」
「メリッサも無事。騎士の人は、まだ倒れてるけど……」
アイリスもサクラの傍らで周囲を見て頷いた。
どうやらチャド以外が窪地のようなところへと倒れていたようだ。
「おい、あの生意気なエルフはどこに行ったんだ? まさかあたしらを囮にして一人だけどっかに行ったんじゃないんだろうな!?」
怒り心頭といった様子でマリーがイラつきながらクレアたちと近寄ってくる。
その横でフェイは複雑な表情を浮かべていた。
「――――というか、妖精よりも精霊の方が凄いだろ。ウンディーネはどうしたんだよ」
「何かわけがあって動けないのかもしれない。今は僕たちができることをしないと」
「そうだけどさ……」
マリーは納得がいかないとばかりに腰に手を当てる。
「まぁまぁ、怒ってもどうにもならないでしょ。それより、さっきの状況から脱出できたんだから一歩前進って思わないと」
「クレア様。お言葉ですが、前進どころか。我々は今どこにいるのかわからない状況なのですが……?」
「細かいことは、気にしなーい」
口笛を吹くような真似をして、空気を吹き出す音を響かせる。流石に自分の居場所を知らせるような真似はクレアも避けたが、どこかクレアも苛立ちを誤魔化したそうにしているように見える。
下手をすれば自分たちも二度と外に出られないかもしれない、という危険が実感として湧いてきたのだろう。
桜の脳裏にこのまま永遠に森を彷徨い続ける姿がちらつく。
「囮にされたにせよ。はぐれたにせよ。まずはユーキかチャドさんを探さないといけないね」
フェイは言うと同時に視界の端に、森には似つかわしくない色を捉えた。すぐにそちらの方へと顔を向けると、膝にも届かない草が風に揺れていた。よく見れば、その一部は赤黒く染まっている。枯れているのかとも考えたが、それにしては色が濃い。
「……血、か?」
フェイが屈んで草を指で擦ると乾ききっていない液体が指へと付着した。鼻に近づけると鉄のような臭いもする。
「あたしたちの中に怪我人がいないとすると……」
「ユーキさんかチャドさんの血の可能性が高いってこと?」
「或いは、ここに迷い込んだ第三者って可能性も否定はできないかもね」
サクラたちもフェイの見ている物が血であることに気付き、動揺しながらもその血痕を残した人物を推察する。その様子を遠目で見ていたアンディが何かを察して近づいてきた。
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