一時避難Ⅵ
全員が部屋の座布団に座った後、エルフの男はしばらく外を見回していた。
しばらくして満足したのか。おもむろにフェイたちへと振り返った。青い透き通った瞳が端に座っていた者から順番に映っていく。
「さて、それで? 妖精庭園を見つけたいなどという話を聞いてきたのだが、子供ばかりではないか。私を揶揄っているのか?」
「いえ、そのようなつもりはありません。妖精に攫われたのは彼女たちの友人です。率先して助けたいと思うのは当然のことでしょう」
アンディが告げると、エルフの男はもう一度全員の顔を見回した後、ゆっくりと腰を下ろした。
「チャドだ。ソロで冒険者をしながら旅をしている。種族は違うが困った時はお互い様だ。私でよければ力を貸してやろう」
「何かすげぇムカつく――――ってぇ!?」
どこか偉そうな言い方にムッとするマリーだったが、横にいたクレアに腹を突かれて顔を顰める。
抗議の視線を無視して、クレアは自己紹介をした。
「私はクレア。ローレンスの領主の娘です。横にいるのはマリー。私の妹になります。この度は、協力を引き受けていただきありがとうございます。無事に仲間を取り戻せたら、その時にはチャド様の要望にできるだけ応えたいと思います」
「金に興味はないが、既に前金で旅の路銀に必要なものは頂いた。ただ、そちらの厚意を無下にするわけにもいかないだろう。無理のない範囲で注文をつけさせてもらうよ。無事に帰って来れたら、の話だがね」
一呼吸おいて、チャドはアンディへと視線を向けた。
それに気付いてアンディはすかさず地図を広げる。この辺りの詳細な地図については伯爵と一部の関係者にしか配られていないので、興味深げにチャドは覗き込んだ。
「ほう。よく描かれている。それで? 昨日、攫われた場所というのはどこだ?」
「この辺りです」
指で指し示しながら、昨日の攫われた状況を説明していく。
村からはそう遠く離れていないが、近いとも言えない距離にフェイはため息をつきたくなる。こうなると途中まで馬で移動して、そこから探索することになるのだが、そうなると騎士の人数を分けて運用しなければならない。
村に残る部隊や馬車などを見張る部隊、緊急時の連絡用部隊。そして、ユーキの捜索部隊だ。
恐らく、どんなに増やしても自分たちを含めて捜索部隊は四十人に届かないだろう。
「なるほど。そうなると……そこから一番近い森であるこの辺りが怪しいな」
地図上で村から東、ユーキが消えたところから南の所を指差した。
森とは言っても基本的に村と道以外の大部分は森のようなものだ。何を理由にそこを指差したのか大半の者が首を傾げた。
「なんで、そんなところ?」
「妖精庭園というのは、私たちがいるこの場所とは微妙に世界がズレているところに存在する。だが、妖精というのはこちら側に干渉する。或いは、妖精のテリトリーを増やすためにこちら側の世界を侵食しようとすることがある」
もう一度、チャドは地図の森の部分を指差した。
「ここを見ると良い。他の境界線より森が緩やかに弧を描いて突出している部分がある。これは妖精の領域が森を媒介に広がろうとしている証拠だ。つまり、ここがこちらとあちらのつながりが一番強い場所になるということだ。後は、ここの妖精たちがどれだけ強いかは、妖精庭園の広さによって決まるが、このままだと少しわかりにくいな。騎士殿、コンパスを貸してもらえるか?」
「こんなに広い森だと、相当強い妖精がいそうですね」
「いや、見た目の森と妖精庭園の勢力は必ずしも一致しない。ただ幸運なことに、エルフの一族はその勢力範囲を一目で見られるようにする技術を知っている。これは、他言しない様に頼むぞ」
コンパスを受け取ったチャドは、緩くはみ出た弧に二つ点を打つ。そこにコンパスの針を刺して半円を描き、その交点を直線で結んだ。この動きをもう一度繰り返すと二つの直線が交わる。
その点からコンパスで、先程の弧に合わせて動かすと一つの円が浮かび上がった。
「妖精庭園は基本的に円形に構築される。こうやって、円の中心さえ見つけてしまえば勢力もわかるのだ」
「因みに、この大きさはどれ程の勢力なんですか?」
フランの質問にチャドは真顔で返事をする。
「三百年級、といった所か。まだ大妖精に成りたてと見ていい。これならば、この人数で侵入しても、死人は出そうにないな」
その言葉にほっとしながらフランはサクラを見る。
「良かったですね。何とかユーキさんを見つけられそうですよ」
「う、うん。でも、まだ確実とは言えないから油断しない様にしないとね」
流石にユーキの命が懸かっていることもあってか、完全に目を覚ましているサクラ。そんな彼女は複雑な表情を浮かべるが、それでも何とか顔色は昨日よりはよくなっている。
「では、準備ができ次第出発したいが、何か用意しておいた方がいいものは?」
「食料を軽く持っていくくらいだ。後は、無暗に剣や杖を抜かないようにすることが肝心だ、ということを仲間に伝えておくといい。詳しい内容はこのメモを見てくれ」
おもむろに立ち上がったチャドは、部屋の隅に置かれていた弓に手をかけると弦を軽く弾いて、調子を確かめ始めた。話すときは能面のような表情だったにも関わらず、弓に手をかけた瞬間にその目が刃物のような鋭さをもったことにフェイやアンディは息を飲んだ。
「わかりました。伝えておきましょう。それではこちらの準備ができ次第、迎えを寄こします」
「わかった。私はいつでも行ける」
それ以上の話は無駄だとばかりに、チャドは背を向けた。
アンディを先頭に部屋を続々と退室していく中、フェイが睨むようにして襖を閉めようと手を伸ばすと、微かに声が耳に届いた。
「お膳立ては済ませといたぞ」
すぐ真横で囁かれたような言葉に顔を勢いよく振るが、そこには何もいない。ただただ、弓の弦が震える音が目の前から聞こえてくるのみだった。
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