剣閃煌くⅠ
マリーに父と呼ばれた男は、一瞬、顔をしかめるが、すぐに元に戻った。
「なんだ。前とは違って、もう親父とは呼ばなくなったか。少しは中身も成長したんだな」
「う、うるさい。それよりなんで、父さんがここにいるんだ」
「ははは、何、ちょっとした野暮用さ。最近、この辺りが物騒と聞いたからダンジョン保全と挨拶回りを切り上げて、戻って来ただけさ」
マリーに言葉を返す時の男の目をユーキは見逃さなかった。娘に会って喜んでいる顔、その目だけが一瞬だけ笑っていなかった。言葉で説明するには難しいが、一言でいうならばお面にある空洞の目を見ている気分になった。
呆気に取られていたユーキたちに気付いて、男が顔を向ける。
「あぁ、楽しい昼食時に失礼して申し訳ない。そちらのお嬢さん二人は前に会ったな。元気そうで何よりだ。そちらの君は初めて見る顔だな。……マリーの相手か?」
「初めまして、ユーキといいます。マリーさんとは仲のいい友人です。マリーさんに釣り合うほどの者ではありません」
見るからに高そうな防具。ダンジョン保全に挨拶回りという言葉。どう考えても庶民レベルで出てくるものではない。はっきり言って、王侯・貴族相手は死亡フラグのオンパレードだ。機嫌一つ損ねただけで殺されかねない。そんな考えがユーキの頭をよぎる。
偏見かもしれないが、この世界の常識を知らない以上は、慎重に言葉を選ばなければいけない。
「ほう。仲のいい友人か」
「……」
口は災いの元である。相手に何か聞かれていない以上、自分から口を開く必要はない。時には言い訳が言い訳を呼び、嘘が嘘を呼び、雪だるま式に膨らんで自分に返ってきかねない。
男と視線がぶつかる。逸らしたくなる衝動に駆られるが、それは悪手だろう。時が止まったかのように周りのざわめきが遠くに感じた。緊張で何秒経ったのかわからないユーキに男は声をかける。
「そうか。娘が世話になっているようだ。私はアレックス・ド・ローレンス。こんなのでも一応は伯爵家の娘だ。変な虫がつかないとも限らないからな。これからも、娘と仲良く頼むぞ」
「はい。よろしくお願いします」
サクラとアイリスがほっとした顔をしているのが見えた。とりあえず問題はないらしい。最後のところで変に強調された気がしたが、まさか初めて会った娘の男友達に難癖はつけないだろう。ほんの少し、緊張が解けた空気の中、ローレンス伯爵は目を彷徨わせた後、一点に釘付けになる。
「時に少年。君は刀を扱うのか」
「……はい。使うといっても剣に使われているような腕です。大したものではありません」
男の目はユーキが脇に置いた刀に向いていた。魔法学園の敷地内では杖を持つ者がいても、武器を持つ者は、特定の場所を除いてほとんどいない。その為、ユーキの刀はある意味目立つ。
「実に結構。若い男たるもの魔法ばかりだけでなく、腕っぷしも強くなくてはならん。精進したまえ、少年。時間があれば、私が稽古をつけてやろう」
「ありがとうございます。しかし、伯爵の貴重なお時間をいただくわけにもいきません。お言葉だけ受け取らせていただきます」
「気にするな。当分、私は王都で休養するつもりだ。気にせず声をかけるといい。ではマリー、私は仕事があるので戻ることにする。こちらの家にいるから何かあったら来なさい。それでは、失礼するよ」
呆然とするサクラとアイリスへと挨拶をして、そのまま出ていった。
「何というか、嵐のような人だよね。マリーのお父さん」
「心臓に悪い」
「いや、あたしだってびっくりしたんだよ。普段は領地に引きこもって、母さんとイチャイチャしながら仕事してる癖に、何でいきなり現れたんだ? 何だよ、『私』とか普段言わないくせに、かっこつけちゃって」
あまりのことに動揺する三人。ユーキも動揺と緊張で言葉が出なかった。
「えーと。マリーのお父さんって、どんな人なんだ」
とりあえず、次に会った時に間違えた対応をしないようにユーキは、ローレンス伯爵のことを聞くことにした。
「えーと。ローレンス伯爵は、この首都の騎士団に昔いたの。魔法剣士として、かなりの使い手だったらしくて、時々、騎士団と手合わせしに来ているみたい。私が出会ったのも、マリーを見に来たところに居合わせてって感じで」
「一に根性、二に根性、気合があれば何でもできる。そんな無茶苦茶がまかり通るくらいには強い――――というかデタラメ。貴族の出じゃないけど、辺境伯の地位にいるのも、その強さがあるからこそ」
サクラが言う内容は比較的まともなのだが、逆にアイリスの説明は不安しかない。
「おい、あたしの親父を目の前で馬鹿にしてるのか? 確かに庶民上がりで名前の後に『ド』を付けられてる身分だけどさ」
どうも庶民から大抜擢される貴族の場合は、他の貴族と区別するために何かしらの言葉が付け加えられるらしい。
「デタラメじゃ、ない?」
「……いや、デタラメだな。娘のあたしから見てもあれはデタラメだ。うん。領地を継承してないのに、国王脅して、あたしと姉さんに爵位を付けるくらいだし」
「マリーのお父さんは何やってんだ!?」
サクラやアイリスだけでなく、当の本人の娘からもトンデモ話が止まらずに出て来る。運ばれてきた料理を食べながら、詳細な話を聞く内にユーキも思わず開いた口が塞がらなくなりそうだった。
曰く、「魔法を使わずに剣を振っただけで重装備兵を数人吹っ飛ばす」と。
曰く、「飛んできた下級魔法を雄たけびだけでかき消す」と。
曰く、「魔法を詠唱し始めたら敵が逃げ出した。或いは姿を見せただけで全面降伏した」と。
そんな眉唾な話をごっそり聞かされれば、その恐ろしさがわかるだろう。微妙に実行できそうなところが質が悪い。
「――――ってことで、おや……父さんは、騎士団の中でも『歩くデタラメ』なんて言われたこともあるみたいなんだ」
マリーはげんなりしたように顎をテーブルに乗せる。顔の筋肉までげんなりして緩みきったのか、ぷるぷると震えてまるでスライムみたいだ。
「まぁ、私も見たことがないので噂だけだけどね」
「逆に和の国から来た人が、そんな噂知ってるだけでも、充分」
「うあー」
サクラのフォローをアイリスが握りつぶしてしまったため、この半分スライム化マリーから撃沈の声が上がる。当分、羞恥の海からは上がってこないだろう。
「そういえば、マリーのお父さんの言葉で思い出したんだけど、ユーキさんって何でアレを使わないの」
サクラは指をガンドの形にして、テーブルに乗っているメニューの方へと撃つ真似をする。
「ほら、アレって一応、威力が本来の威力とかけ離れてるし、人前で使うとまずいだろ」
「確かに言われてみると、あの威力はおかしい」
アイリスも頷きながら答える。
ユーキもガンドについては、後で本や論文で調べてみた。ガンドとは共感魔法の一種らしい。
共感魔法というのは、何らかの行動を起こすことで相手に直接影響を及ぼす魔法のことだ。日本でいうならば、丑の刻参りのような呪殺が共感魔法のメジャーな使われ方に入るかもしれない。ただし、ガンドに関しては本当に物理的な破壊力が低く、病気などを誘発させるかもしれないといった程度だ。
過去に一撃で心停止にまで追い込むほどのガンド使いがいたなどという記述もあったが、詳しくは書かれていなかった。わかっているのは強力なガンドは「死の一撃」と呼ばれることくらいだ。
一方で、最近の論文には「何の効果もないはずなのに病気や怪我になったから、『あの時のガンドのせいだ』と撃たれた本人が思い込んでいる」と言っているものもあった。
「だから、あまり人には見せない方がいいんだ。詠唱なしの高威力で見破られにくい魔法なんて相手にしたくないだろうしな」
人間を貫通する物理的威力。オドを放つ為、マナは見えてもオドが見えない人には視覚的に見ることが難しい。尤も、アイリスたちには一瞬、何かが飛んでいったように見えたというので、もしかすると、マナがガンドのオドに反応していたのが見えた可能性もある。どちらにせよ、この二つの性能はユーキ自身、敵にしたくないと思える程度には危険だった。
「でも、それを使いこなすことができれば、きっといつか役に立つんじゃないかな。……たぶん」
「あぁ、少なくともサクラたちを守れたんだ。いざという時には存分に振るうさ」
「ちょっと……もう……」
「えーと、おかしなこと言った?」
ユーキの言葉にサクラは、助けられた時のことを思い出してしまったらしい。しかし、それにユーキが気付く様子はない。
「な、何でもない」
「そうか。じゃあ、いい時間だし、お昼御飯も終わりにしようか」
ユーキは首を傾げながら、目の前のトレーを持ち上げる。
「くくくっ、あぁ、そうだな。さっさと片付けよう」
「ちょ、ちょっと待ってって……あっ」
マリーが笑いをこらえながら席を立つ、サクラやアイリスもそれに続いて慌てて席を立つ。少しばかり焦ったためか、テーブルの脚に躓いてしまい、皿が宙を舞った。
「おっと」
「あ、ありがとう」
ユーキがサクラの腕を持って、倒れるのを防ぐ。
だが、皿はそのまま地面へとぶつかる。頭の中で割れる音が響くが、実際にその音は訪れなかった。
「一応、詠唱なしでもこれくらいはできないとな。ユーキばかりにいいところ見せられるのも、なんかイラッとするし」
「……嫉妬」
「ち、違うし!」
アイリスが浮いているお皿を掴みながら、マリーに問いかけると顔を真っ赤にしてマリーは否定した。思わず数秒、固まっていたが、すぐにユーキは右手から感じる温もりで我に返る。
「サクラ、大丈夫だったか?」
「う、うん。何とか」
ほんの少しの間見つめあうもユーキは、すぐに手を放した。至近距離で見たが、サクラは美少女だ。さらさらで綺麗な髪。マリーたちほどではないが、白い肌に名前のように薄く赤い頬。
正直なところ、ユーキとしては意識してしまう。もちろんマリーやアイリスは美少女だが、見慣れている日本人的な顔がユーキには一番ぐっとくるかもしれない。
先ほどよりも赤みがかった顔のサクラが脳裏から離れず、食器を片付けて食堂を出た後も、ユーキはどこか上の空だった。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




