一時避難Ⅲ
「……七、日!?」
ユーキのいる場所ですら定かでないのに、タイムリミットが存在するとなれば絶望の一言しかないだろう。その残された期間を口から漏らしたきり、誰も口を開くことができなくなった。
夜風が外の木々の葉を揺する音だけが部屋へと届く。さわさわとまるで見えない妖精たちが内緒話をしているようにも聞こえた。
「……あんたの力でなんとかできないのかよ」
マリーは体を起こしながら、小声で胸元のウンディーネに問う。精霊ともなれば大妖精だろうと敵わない。圧倒的な格の差があるとされている。マリーの問いかけは至極当然のものだったが、返ってきた答えは芳しくなかった。
『相対しての力比べならば負ける気はしませんが、残念ながら相手のテリトリーに踏み込む術は持っていません。せめて、こちら側のどこかにある起点が分かれば見つけ出すことは可能なのですが』
流石の精霊種であっても、相手の居城には容易くと踏み入れることは難しい。
ウンディーネからすれば、数百年を生きた大妖精というのは裏を返せば、誰に知られることもなく生き延びてきた狡猾さの証でもある。
逃げに徹した場合だけで考えるならば、精霊種でも追いきれない。それだけ、厄介な状況ではあった。
「……どこにいるか。あるいは、入口や起点がどこにあるかを知る方法は?」
「そうですね。一つはユーキ様のように魔眼で見つける方法。可能性としては過去視や未来視、透視ももしかしたら可能性としてはあり得るかもしれませんね」
過去視ならユーキが消えたところから、どのように消えていったかを追跡できる可能性があり、未来視の場合は次に妖精庭園と繋がる場所を予測できる可能性がある。可能性があるというだけで、どちらも確実ではない上に、そもそも魔眼の使い手が多く無いので現実的ではないだろう。
「もう一つは、自然の魔力に敏感な種族に道案内してもらうことですね。特にエルフの方は妖精種と似た感覚をもっているなどということもありますから、近くの宿に冒険者が宿泊していないか探す。或いは、依頼として掲示しておくのもいいかもしれません。この村にギルド支部はありませんが、代わりに村長宅や広場の掲示板が似たような役割を果たしていたはずです」
「ではエルフ族の者がいないかを問う依頼書を用意しましょう。早朝に村長の所に行って掲示板に貼る許可を貰う他、村の出入り口に軽く検問を引く、ということで」
悠長なことを言っている場合ではないが、焦った所で事態が好転するわけではない。特に騎士としての行動基準を叩き込まれたアンディやフェイは、比較的落ち着いていた。
逆にサクラやフランは狼狽え、クレアとマリーは苛立ち始めていたが、どうしようもないことはわかっているため、アンディの案に頷く。
「今日はもう疲れていることでしょう。早めに寝て、明日からの捜索準備に動けるよう英気を養いましょう。……それでは、私は失礼します」
そう言って、アンディは立つと襖を開けて、廊下へと出て行った。
「では、僕も失礼します。何かあったら、隣の部屋にいますので呼んでください」
沈黙に耐え切れなくなったのか、フェイも重い腰を上げる。出て行く間際に振り返ったが、誰とも目が合わなかった。
襖を閉めて、木の床を裸足で歩いていく。下着が肌に吸い付く程度には汗をかいていた身としては、ほんのり足裏に伝わる生ぬるい冷たさが心地よい。
その感触を踏みしめつつ、曲がり角で黒いローブを着た客とすれ違う。
「お前が案内をすれば、すぐ済む話だというのに何を迷っているんだ?」
「――――!?」
手の届く距離で背後から聞こえた言葉に、フェイの背筋を悪寒が駆けあがった。
ここは騎士団が早馬を飛ばして、ほぼほぼ貸し切った宿だ。少ないながら客が残っていることは有り得るが、自分たちに起こったことを知っているような口ぶりをする客がいるなどいるはずがない。
振り返ってファイティングポーズを取ったフェイは、目の前にいるのが誰かを認識して愕然とした。
「お前は……!?」
「一応、久しぶり、と言っておこうか。伯爵家の最年少騎士殿?」
「月の――――八咫烏!」
かつて伯爵邸に侵入した強敵が、再び目の前に現れた。
しかし、フェイの胸中に生まれたのは怒りよりも焦りだった。
「(まずい。ここには伯爵もいない。こんなところで暴れられたら、全滅は必至……!)」
彼我の戦力差が圧倒的に開いている以上、フェイにはどうやっても目の前の男に抵抗する術がない。
男はそんなフェイの答えを待っているかのように、フードからはみ出た仮面を揺らしていた。
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