一時避難Ⅱ
――――妖精庭園。
それは百年以上を生きた大妖精が作り出した一種の異界。
それに遭遇したことのある者たちは、その異様さを口にするが、記録に残されている限りで共通するのは見たこともない大きさの樹海であったということだ。
どれも大人が何人も手をつないでやっと囲むことができるほどの太さの大樹が行く手に現れ、見たこともない花や実をつけた植物があちこちに存在する。
そして、誰もが口にするのが大勢の見えない子供の声を聞き、美しい女性に招かれたということだ。
「――――妖精庭園の資料は、本当に少ないです。どちらかというと御伽噺や伝承に近い為、脚色もされているので、この知識もどこまでが本当かわかりません」
「メリッサの言うことが本当だとしても、どうやってそこに辿り着くのかっていう問題があるんだよな。戻って来れた奴に共通点とかはないのか?」
マリーは腕を組んだまま唸るが、良い案が浮かんでこないようで両手を上げて降参のポーズを取った。
他の者も考えてはいるが、簡単に答えが出れば苦労はしないだろう。そのまま、マリーは後ろの畳へと倒れ込む。
和の国出身の夫婦が開いた宿場は、ファンメル王国にいながら和の国に行けると評判で、多くの冒険者が利用している。内装もすべてが日本の旅館そのもので、サクラ以外が慣れない姿勢で座布団に座りながら会議する形となっていた。
物珍しさに最初は誰もが周りをきょろきょろと見回したり畳を撫でたりしていたが、妖精庭園の話になってからは全員腕を組んで頭を捻っている。三人寄れば文殊の知恵と言うが、事はそううまく運ばないらしい。
仰向けになって天井を見つめるマリーを尻目にメリッサは質問に答えた。
「そうですね……。まず私が調べたことがあるのは、大きく分けて二種類。生まれたばかりの赤ん坊が取り換えられてしまうパターンと歩けるけれど流暢に話せるほどではない幼児が攫われるパターンです」
「前者は代わりに人間に化けた妖精などが残され、後者は何も残っていない、でしたっけ?」
「はい。フラン様の言う通りです。そして、前者の場合は基本的に戻ってくることはありませんが、いくつか戻ってきた事例もあります。……あまり聞いていて、気持ちのいいものではありませんが」
「メリッサ。今は情報が欲しい。聞かせてくれませんか?」
「――――わかりました」
アンディの強い希望を受け、メリッサは一呼吸おいて話し出す。
「基本的に入れ替えれた場合、入れ替わった妖精の子供を虐待することで本物の子供が帰ってくるとされています。鞭で打ち据えるならマシな方です。熱した窯に入れるなどという過激な方法もあるくらいですから。結果として本当の自分の子を焼き殺してしまったなんて事例も残っています。この場合、心の病を抱えた子供を処分する言い訳として使われていたことの方が多いようですけど」
「そんな……」
想像を超えた対処方法とそれを利用した悍ましい人間の身勝手さにぞっとしてしまう。
子供を成人にまで育てるというのは金も時間もかかる。だが、それ以上に世間の目が、そのような存在を許容しないのだ。特に孤立した村社会では、往々にして村八分にすることが当たり前になる。
倫理的に許されなくても、親は望まぬ選択を迫られるわけだ。
「彼の場合は代わりとなる妖精が残されていません。この場合は、後者を考えるべきなのでしょうが――――」
メリッサの歯切れが途端に悪くなる。
先程の内容もそれなりにショックだったにも関わらず、すらすらと話していた彼女が口を紡ぐのだから、もっと酷い内容なのかもしれないと誰もが身構えた。
「残念ながら、記録に残っていないのです。いえ、正確には記憶に残っていないという方が適切かもしれません」
「どういう、こと?」
「言葉通りの意味です。アイリス様。帰ってきた子供たちは妖精庭園の様子は覚えていても、どのように戻ってきたのか、ということだけは、決して覚えていないのです」
情報皆無となれば、それこそお手上げだ。八方塞がりの状況にクレアは手を額に当てて唸ってしまう。
「森の中に行けばその異界に行ける、という簡単な話ではないみたいだ」
「その通りです。それこそ砂漠の中から一粒の砂金を見つけるほどの難しさになるでしょう。それに、もう一つ。この後者の場合は、問題が残っているのです」
情報が無く、何も手段が浮かばない。それ以上に悪いことなどあるのだろうか。その考えを吹き飛ばすような情報が告げられる。
「時間制限があります。戻ってきた子供は最長七日。つまり、七日経っても救出できない場合は、永遠にユーキ様は妖精庭園に閉じ込められることになります」
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