凱旋の一歩Ⅶ
最初は苦難に見舞われるかと思った旅路であったが、初日は拍子抜けするほどに何事もなく時が過ぎていった。変化したことと言えば、昼食を食べ終わってからメリッサが本をユーキとクレア、そしてマリーに渡したことだろう。
「午前中は出発したばかりだったので私も遠慮しましたが、午後はしっかり勉強してもらいます」
そう告げたメリッサに令嬢と呼ぶべきかどうか疑わしい二人が悲鳴を上げた。
そんな中でユーキは本の表紙を確認する。本の題名はそれぞれ「深淵を覗く者たち」、「身体強化の属性付与の方法とその危険性」、「無詠唱魔法のやり方~初級編~」であった。
メリッサなりに三人のことを思って選んでいるようだ。ユーキの本は捲ってみるとオーソドックスな魔眼使いたちの能力とその生涯が綴られている。
著者は掠れているが辛うじて読めた部分にはサリバンと書かれていた。
「(サリバン……確か、俺を助けてくれた過去視の魔法使いか)」
ユーキの脳裏にビクトリアの警告が蘇る。
魔眼への対抗手段は「見せない・見たくない・見る暇がない」ということならば、そのヒントが目の前の本にも書かれている可能性がある。そう考えるとメリッサはビクトリアから何か言われて、この本を差し出したようにも思えた。
ユーキが思わずメリッサを見つめるとニコリと微笑んだ。
「あのさぁ゛っ!?」
真意を探ろうとして自分の二の腕に感じた衝撃に仰け反る。
振り返るとサクラが人差し指を差し出したまま固まっていた。
「ご、ごめんなさい。まさか、そんなに驚くとは思わなくて」
「べ、別にいいんだけど、何かあったの?」
「私もその本一緒に読みたいなって思って……。でも、ちょっと突いただけで、そこまで驚くなんて思わなかったから」
申し訳なさそうにするサクラにユーキは苦笑いしながら本を開く。
「わかった。それじゃあ、一緒に読もうか。全部読んだら俺は次のページに手をかけるから、準備ができたら言ってくれ」
「わかった。多分、難しそうな単語が見えたから、ユーキさんより読むの遅いかも」
「気にしないでいいって。俺だって読めるか自信ないしさ」
そう言って、ユーキはページを捲った。
そこには名前が何人も並び、これから記載されている魔眼持ちの魔法使いが列記されている目次だということがわかる。やはり目立つのはサリバンの名だ。恐らく、自分の家系の魔眼持ちをまとめる過程で、他の魔法使いも混ぜ込んだのだろう。
名前の横に魔眼の能力も簡易的に記されている。
「遠視に透視、未来視に過去視。へー、遅延の魔眼か。見たものの時間を遅らせるとか、そんな能力かな?」
「いいよな、ユーキは。楽しそうに本が読めるなんて。あたしには苦痛だぜ」
「何でだよ。自分の知らないことを理解するって楽しいじゃん」
マリーは少年のようにはしゃぐユーキに、暖かい視線を送る。
「あたしからすると、文字なんかじゃなくて、実際に見せてくれって気持ちになるんだよな」
「それはわからなくもないけど、言葉で理解してから実際に見る方が納得がいくだろ? まぁ、一番いいのは説明と実物をセットにすることなんだろうけど」
ユーキだって、数学の入試問題級の証明を図無しでひたすら文を書かれたら面倒だと思ってしまう。そうかといって、それが解けないかと問われるとそれは違う。むしろ、自分で試行錯誤しながら図をかくことで、むしろより理解が深まることだってある。
「誰も師匠がいないなら、自分の中で考えて何度もやってみるのが大切なんじゃないか? 実際にマリーは詠唱して生み出した火球を維持できてるんだから、最初の生み出すところができれば案外簡単にいきそうだろ」
「言ってくれるぜ。こちとら、理解するので精いっぱいだって」
「お腹も、いっぱい、だね」
アイリスが放った一言にクレアとフランは笑い声を挙げる。
「今のは上手かったな」
「はい、ちょっと吹き出しそうになりました」
「……ぶいっ」
ピースサインで誇らしげにするアイリスを見ながらユーキはメリッサに提案する。
「昼飯を食べた後だと眠くなるし、明日からは午前中にしない?」
「そうですね。それは私も考えていませんでした。ユーキ様の言う通り、明日からは午前中に読書の時間にしましょう」
「……あと食後から一時間くらい空けた方がいいかもね」
「え? 何で?」
ユーキは静かに本を閉じて、膝の上に置いた。
目を瞑ったまま背もたれに体重を預けるユーキに、サクラは残念そうな声を挙げる。
「ユーキ。まさかとは思うが、君……!?」
御者台からフェイが引き攣った顔でユーキに呼びかける。
それに対し、ユーキは笑顔で応えた。
「乗り物の中で本を読むと目が悪くなるなんて言うけど、それよりもまず先に――――酔う」
別にユーキは酔っていなかったが、その言葉を早とちりしたアイリスとメリッサ以外の面々は慌てだした。サクラとフランは袋を探し始め、クレアとマリーはユーキから距離を置くように仰け反った。
数秒後、何人かの怒声と悲鳴が響き渡ることになるが、それもまた旅の醍醐味だろう。そんな視線でメリッサはクレアとマリーを微笑ましく眺めていた。
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