凱旋の一歩Ⅴ
メリッサは鞄の中から、見覚えのある本を取り出して開いて見せた。
「実際の行き方としては、ここを通って――――」
「「ちょっと待って!」」
クレアとマリーが即座にメリッサの持っていた本を抑える。
周りが唖然とする中、メリッサは顔色を変えずに二人を見つめた。
「どうされましたか?」
「どうされましたか、じゃねえよ。何でこれ持ってきてんだよ!?」
マリーが本を指差す。
気になってユーキが覗き見ると、そこには以前みんなで見た記号だらけの地図が書かれていた。
「移動するときにはあった方が便利ですよね?」
何か問題でも、と言いたげな顔でメリッサが問い返す。
そんな態度にクレアも少しばかり苛立ちを覚えながら詰め寄った。
「あのね。騎士たちはこの辺の地理には明るいし、地図なんて必要ないわけ。後、それはあたしたちが作ったものだから、その……」
「子供の頃に描いた黒歴史をあまり持ち出してほしくない、と」
「「わかってるなら、最初からやるな!!」」
姉妹のシンクロした叫びは、怒りではなく恥ずかしさであることが判明した。
子供の頃に嬉々として作った宝の地図の在処が、まさか家族同然の秘密にしていた人間にバレていたとするなら、この反応も頷ける。
「(秘密基地とか、宝の地図作りとか俺も近所のやつらと場所を探したり作ったりしたなぁ。まぁ、大抵長続きせず、完成しなかったけど)」
そう思いながらユーキは開かれていたページを観察していると、奇妙なマークが目に入った。
誰が見ても危険だとわかるシンボル。歪に描かれているが、間違いなくそれは――――
「――――ドクロマーク?」
「うっ……それは、だな」
ユーキの言葉を聞きとったマリーが狼狽える。クレアに視線を向けると、何も言わずに顔を背けられた。
「ドクロからイメージされるものと言えば、海賊だけど、ここは海じゃないし、毒……か? 毒沼とか、毒草の群生地とか?」
「この辺りに毒沼なんてないし、毒草なんて、探せばそこら辺にある。考えられるとすれば、かなり危険度の高い毒草だけど……」
アイリスが考え込むように唸った後、メリッサを見つめる。
それを察して、メリッサは口を開いた。
「この辺りには、そう言ったところはございませんね。ドラゴンがいるとされる山に向かえば何かあるかもしれませんが」
「そうなると、もっと単純に考えるべきか。ドクロ……骸骨……墓?」
墓地ならば町や村から離れた場所へと置かれることも不思議ではない。死という忌み嫌われるものは、日常生活から可能な限り距離を置きたくなるのは、人として当然の心理だろう。
だがユーキが見る限り、そのマークの近くに村や街を示すようなものは描かれていなかった。
「――――もしかして、お嬢様たち。このマークはあの時のものですか?」
「「うっ……!?」」
メリッサの鋭い視線に肩を揺らして動揺する二人。
その瞳は揺れて、明らかに挙動不審だ。本を抑える手にも力が入らず、どうやってこの場を切り抜けるかを考えることに集中しているように見えた。
「メリッサさん。あの時っていうのは?」
「以前、お嬢様が幼かった頃に村にまで辿り着けず野宿をする時があったんです。夜なのにも拘わらず、誰に似たのか森の中へとお二人とも駆けて行ってしまって大騒ぎになったんですよ。恐らく、その時に見たことを記されたのでは?」
「もしかして、死体とかですか?」
フランが口に手を当てて驚く。
ユーキからしたら、フランの存在の方が悲鳴を上げる人が多そうだと考えたのは黙っておく。
「それは、どうでしょう。本人たちから直接伺った方がいいと思います」
にっこり微笑んだ先には季節に似合わず、顔を真っ青にした二人がいた。
これは何かあるぞ、とユーキの知りたがりな性格がアンテナを伸ばす。
「それで、何を見たんだ?」
「の、ノーコメントで……」
クレアは黙秘権を行使するつもりか、座り直すと背筋を伸ばして目を瞑ってしまった。
対してマリーは言おうか言うまいか視線がユーキとクレアの間を行ったり来たりする。もう一押し、何かが必要だと感じるユーキだったが、それを止めたのはサクラだった。
「ユーキさん。二人とも怖がってるから、そんなに意地悪しちゃダメ」
「うーん。意地悪じゃなくて、知りたいだけなんだけど……ダメ?」
「ダメ」
サクラの言葉に渋々ユーキも引き下がった。
それを受けてか、二人の緊張も抜けたようで肩が数センチ下がる。
「わりぃ、こればっかりはちょっとやそっとのことで話すわけにはいかないんだ」
「そうね、ということでメリッサ。あなたも許可があるまではみんなに話さないでね?」
「かしこまりました」
ユーキはそのやり取りを聞きながら、一つ不安に思った。
「(そこ、数日後に通る道じゃない?)」
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