早起きは三文の徳Ⅴ
「…………」
アイリスが笑っている二人を唐突に見つめた。
否、ある場所を凝視していた。
「どうしたの?」
「私にも……チャンス、あるかな」
その両手は、膨らみが大きいとは言えない自身の胸に当てられていた。
それを見て、サクラはフランと顔を見合わせる。
「よく食べて、よく寝て、よく動けば大丈夫ですよ。後は、お母様がどうだったかにもよりますけど」
「お母さんもお姉ちゃんも、大きい」
両手を使って、どれくらいあるかを表現する。
アイリスの血筋はどうやら、大きい部類に入るらしい。思わず、その大きさに二人は自身の胸を見下ろした。
フランの方がやや大きいが、二人ともカテゴリー的に言うなら美乳の部類だろう。もちろん、これからの成長もあるだろうが、自分がアイリスの示した大きさになっているのは想像できなかったようだ。
「じゃあ、大丈夫じゃないかな? ほら、アイリスは私たちより年下だし」
「私の場合、眠ってた間に成長はしてたのかわからないですけど……吸血鬼ですし」
苦笑いするフランは自分の胸を下から掬い上げるように揺らす。
だが、サクラとアイリスは唖然とした顔で目を見開いていた。
「そういえば……!」
「フランさん。吸血鬼って、水は大丈夫なの!?」
「あぁ、普通の吸血鬼だったらだめかもしれませんけど、真祖の場合は基本的に大丈夫みたいです。日光も流水も問題なさそうって言ってました。でも、海や川はわからないから、止めておくように、と」
フランの答えにほっと撫で下ろす。
一歩間違えれば自殺行為だ。知らず知らずのうちに友人の命を削る真似をしていたのでは、と焦るのも無理はない。
フランは気にせずに話題を元に戻す。
「後は……胸は揉むと大きくなるって、聞いたことがあります」
「待って、フランさんって一人っ子よね。それ、どこから仕入れたの?」
「――――ノーコメントです」
目を泳がせるフランにサクラが僅かに身を乗り出す。
押しに弱いのか、フランはすぐに両手を挙げた。
「と、父さんたちが仕入れた本の中にあったんです。こう……お手伝いしている時に偶然見つけて、それで……」
「ふーん。フランさんって見た目に寄らず、けっこう――――ひゃっ!?」
さらに詰め寄ろうとした瞬間、サクラが素っ頓狂な声を上げた。
なぜならば、アイリスが背後からサクラの胸を鷲掴みにしていたからだ。
「サクラも、大きくしたそうな顔してた。まずは試してみる」
「や、やるなら、自分のでやって!」
「あまり強く揉むと逆効果なので優しくですよ」
「フランさんも止めてってば! あんっ!?」
急に与えられる感触が変わったのか、サクラが思わず声を出す。
アイリスはそれを聞いた瞬間に、悪戯心が芽生えたのか。マリーと一緒にいる時の、あの顔になる。
「なんか、楽しくなってきた」
「――――!?」
片手で口を押え、もう片方の手でアイリスの手を放そうと抵抗するが、悪戯っ子のやる気を舐めてはいけない。
片方の手首が掴まれそうになると、すぐさま手を放し、もう片方で刺激を与える。離脱すると見せかけて、すぐに手を戻す。サクラの心を読んでいるかのように次々と手を変えて翻弄する。
しかし、それはサクラが守りに入っているから成り立つことで、攻めに回られたらアイリスも距離を取らざるを得ない。
サクラが思い切り振り向くとアイリスは咄嗟に動いた。
だが、そこは悪戯っ子の鑑。後ろではなく、目の前に存在する双丘へと両手を前に突進する。
それを止めるべく、サクラの両手もアイリスの両肩へと迫る。体格の差で、僅かにサクラの腕が先に届くだろう。
――――ザブンッ!
そんなサクラの目の前からアイリスが消える。
足を滑らせたのか、はたまた作戦か。サクラの両手は空を切った。
転ばない様にと踏ん張って態勢を立て直すサクラの目の前に再び、アイリスがお湯を飛び散らせながら襲い掛かる。
「――――も゛ら゛っだ!」
お湯でくぐもった声を出しながら、その押し出した両手が双丘へと届く。
「――――んっ!」
その瞬間、アイリスは背中に両手を回されて、思いきり抱き寄せられた。
恐る恐るアイリスが顔を上げるとにっこりと微笑むサクラの顔が目に入った。
「アイリス? お風呂では暴れない。わかった?」
「わ、わかった」
流石にやり過ぎたと自覚したのか、素直にアイリスも頷く。
その一部始終を見届けて、ユーキは岩場の影に再び潜みながら呟いた。
「これ、なんて天国?」
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